テーブルを囲んだ皆の表情は、不思議なマジックをみたような顔であったり、面白いオモチャを発見した顔であったり、新しい知識を追う顔であったりと様々であった。 「マオのみた夢は過去の記憶であり、その記憶も確かなものであることが証明された」 008の几帳面に切りそろえられた爪が新聞記事のコピーの上をついと泳ぐ。 日付は2年前の10月4日。 「すごいよ。一語一句違わない」 催眠状態のマオが口走った、そのままの内容が記事には書かれている。 人の脳は計り知れない。忘れてしまうだけで、実際には見たものや聞いたもの、匂いや空気の流れまで、事細かなことを覚えている。例え一瞬見ただけの本や記事であっても。 001はそれを引き出すことに成功した。 「さすが001ヨ。ほんと、味方で良かったコトよ。敵だったら思うと…ゾ〜ッ」 「違いねぇや。でも一度眠っちまえばただの赤ん坊だしな。可愛いもんさ」 冗談めかす006と007の視線の先に、籠に収まって静かに眠る001の姿があった。 マオが訪れてから15日、夜の時間だ。 「よく眠っている」 寝顔を確かめて、005が優しく微笑む。 起きることはないだろうが、眠りを妨げないようにと思わず声を抑えてしまうあたり、なんだかんだで皆は001を甘やかしているのだった。 「さて」 ひとしきり場が和んだ後、008が話を仕切り直した。 「001が残してくれた重要な手掛かりがいくつかある。順に追ってみよう」 万年筆の先でメモ用紙の上を軽くノックし、説明に合わせてサラサラと文字や図を書いてみせる。 「まず日付だ。二年前の10月4日。この日、家での記憶があるということは、マオは少なくとも二年前までは日常生活を送っていた。ブラックゴーストに誘拐されたとしたら、過去二年の間に絞られる」 この二年間という時期の特定は最も大きな収穫と言えた。 なにしろ40年間冷凍保存された経歴を持つ者が4人もいる。 記憶がないとなると、もしや彼女も…などと疑うに充分だったのである。それが今回払拭された。 「次に、金木犀という木についてだけど……009」 「うん」 009は小脇に抱えていた大きな図鑑をテーブルに広げる。 所謂植物図鑑と呼ばれるそれは、過去の新聞記事を探しに図書館に出向いた際、彼が借り出してきたものだった。 「可愛い花ね」 図鑑を覗き込んだ003が顔を綻ばせる。密集して咲く黄色い花の写真が載っていた。 常緑小高木樹。秋に小さい花を無数に咲かせ、芳香を放つ…… 009の指が『分布地域』と書かれた項目を指し示した。 「本州から九州、とある。もしかしてと思って調べたら、どうも東北には金木犀が無いらしいんだ」 耐寒性がないのだった。 よほど気を使って育てれば…と考えると、全くの不可能でもない。 しかし気候の違う土地で、これといった管理もなしに気軽に育つ木でないことだけは確かだった。 「マオの記憶だと、結構な大きさだったんだろう?」 「えぇと…はい…」 009に話を振られ、しどろもどろになりながらもマオは懸命に説明をした。皆に注目されることは未だに慣れない。 「私、窓から街並みを“見下ろして”いたんです。二階…だと思います。それで、その窓まで木が伸びていたから…」 なかなかの大木だ。 寒い土地で育ちにくい木であることを考えると、やはり。 「マオの住んでいた場所が東北である可能性は、切り捨てて良いと思う」 009は胸ポケットから取り出したペンで、008の手元にあったメモにさらさらと箇条書きを加えた。 最終的に、紙の上には次のような文字が記された。 @母、兄、マオ A東北地方を除く B二階あり 一戸建て?アパート? C庭に金木犀 D過去二年間で娘が失踪 メモを眺めながら002が唸った。 「でもよォ、これ、条件に合う所をしらみつぶしに探すンか?俺たちジィさんになっちまうぜ!」 年齢的には既に爺さんである事実を突っ込んでやる者はこの場にいない。 だが確かに、目的の一家を特定するには少々心もとない情報量であった。 「008、やはり捜索願のリストから洗うのが一番てっとり早いんじゃないかの?」 ギルモアが顎の白髭をなでつけながら提案した。 「そうですね博士。条件もだいぶ絞られていますし、これなら…」 「すると問題は、どうやって手に入れるかじゃな」 「それはやはり…」 うんうんと頷き合う頭脳派の二人に、猪突猛進感情型の002はついて行けなかった。 「何だよ、どーすりゃいいんだよっ?」 「捜索願じゃよ。もしかすると失踪届という可能性もあるかのぅ…。それらの過去二年分のリストを手に入れて、条件に合うものを探すんじゃ」 マオは特にこれといった問題もなく、ごく一般的な家庭に生まれ育ったと考えて良いだろう。 ならば突然疾走した娘を探して、残された家族が警察に届け出ている可能性は十分にあった。 しかし真正面から「リストを見たいです」などと言ったところで見せてもらえるものでもない。 そういった届け出にもプライバシー保護などが適応され、一切の情報開示が規制されている。 第三者がその情報を得るなど、まず不可能だ。 「なるほど。じゃ、警官ならどうかね?」 007は瞬時にして制服を着込んだ若者になってみせた。 細胞のひとつひとつを自在に変化させる、サイボーグ戦士の中でも異色の能力。 「世間というものはいつも虚飾にあざむかれる――ってね。エライさんにでも化けて潜入するとしよう」 手の中で拳銃を器用に回してみせる。それがパッと消えたと思った時には、007は既に元の姿に戻っていた。 「うむ、任せたぞ007。…みな、慎重になってくれ。マオが生きていることや、残された家族を探していることを、ブラックゴーストに知られる訳にはいかん」 ギルモアの言葉に、それぞれがそれぞれの面持ちで頷いた。 マオは壁に飾られた10人の集合写真を眺めながら思う。彼らと触れ合えばその分だけ、自分にもいたはずの家族に想いを馳せる時間が増えた。顔も思い出せない家族は、今も私の帰りを待ってくれているのだろうか。 いなくなってごめんなさい。思い出せなくてごめんなさい。それでも、会いたい。 ← 戻る |