飲みやすいようにとぬるめに温められたミルクが、カップの中で光を反射しながら揺れていた。 「つまりお前さんは、俺達を裏切りたくないってわけか」 流し台にもたれかかった004が、マオの話をそうまとめた。裏切るというほど信用されているのかはわからないが、彼らの期待に背くのならそういうことになるのだろう。マオは頷いた。 「なるほどな……だがみくびってもらっちゃ困るな」 マオは一瞬なにを言われたのかわからずに、え、と顔をあげる。 004は自分のカップに口をつけて、ニヤリと笑った。 「お前さんが敵だろうと味方だろうと関係ないってことだ。俺達は俺達が正しいと思うことをする。例えお前さんが元ブラックゴーストの研究員だとして、記憶を取り戻して出て行ったとしても、また乗り込んで連れ戻すだろうさ」 特に002に至っては、既にマオを自分達のものとして考えている節があった。一番に飛び出していくのは間違いなく彼だ。 「最初から“無かった”ことにすれば苦しい思いをしなくて済むだろう。俺もその考えだったが、今は違う」 『――馬鹿!』 まだ004がブラックゴーストに居た頃、相手を『仲間』と思えなかった、思いたくなかった頃の話だ。 最新型とされていたが、ヒルダを失って自暴自棄になっていた004は脱走計画にも協力的ではなく、命令通りにミッションをこなして研究者を喜ばすだけの毎日だった。 話しかけられてもポツリポツリと批判的な返事を返すだけで、とうとうある日、泣きながら怒りを爆発させた003に頬を張られて、テーブルごとひっくり返った。 『なぜそう悲観的なの?失敗が怖い?それとも未来が見えない?結局自分が傷つくのが怖いだけじゃない!』 『なにを……』 『これから改造されていく仲間はどうなるの?私たちが諦めるということは、その人たちの未来を潰すということよ。選択肢を刈られる苦しみは貴方が一番知っているはずではないの?』 決められたルール。 弾圧。混乱。平等という名の不平等。 自由を知りたかったから壁を越えた。 「俺達は諦めない」 悲観的と言われた004は、彼自身が知らぬ間に随分と前向きになっていた。「諦めるな」と言い合える仲間の存在が彼を支えていた。 マオはふと目頭が熱くなったのを感じた。大丈夫だと言われた気がして。 踏みつけられても支え合って生き延びる強さを彼らは持っている。 うるんだ目を隠すようにして、少しぬるくなったミルクをやっと口に含んだ。なんだか眠れそうな気がした。 「おはようございます」 「おはようマオ。今日は顔色がいいわね」 幾分か清々しい気持ちで目覚めたマオに、003が微笑んだ。 既にテーブルで新聞を広げていた009も、安心したように目を細める。 マオと004がキッチンで話をしていたことには気付いていたが、盗み聞きは良くないと思ったのでその内容までは知らない。うまくいったようで良かった、と、未だ部屋で睡眠を貪っているだろう004に感謝をする。低血圧に加えて夜更かしをしたのだから、今日はいつもより遅れて起床することだろう。 「ねぇマオ、あなたさえ良かったら、今度ちょっと遠出して買い物しましょ」 手早く朝食を用意しながら、003は提案した。 体調が万全でない状態で連れ回す訳にもいかず、言い出したいのを我慢していたことの一つだった。 「買い物、ですか?」 衣類や最低限の家具など、生活用品の買い出しなら既に近所で済ませている。なので今回は娯楽としての買い物を指していることは察しがついた。 「私ね、ずっと憧れてたの。女の子と一緒にショッピング!周りは男ばっかりでつまらなくて」 「そうだね、行っておいでよ」 温かく見送ろうとした009に、003はあら、と振り返る。 「009も来てくれなきゃ。いっぱい買いたいんですもの」 つまりは荷物持ちをしろということだった。 「…わかった、僕も行くよ」 黙って付き添うのが男というものだ。苦笑ひとつで引き受けた009と003のやり取りに、マオは思わずくすりと笑った。 心が軽かった。 それを言葉にするなら“余裕”というものだった。 004が起きてきたらなんと礼を言おうかと考える。ギクシャクしていない挨拶ができたら、彼はどんな反応を返してくれるだろう。 この優しい人達と家族と呼びあえるようになりたいと、はじめて思った。 ← 戻る → |