マオがギルモア邸に居候しはじめてから、五日が経とうとしていた。

ソファーの上で新聞をばさりと広げて、一面から順に隅々まで目を通す。マオの横には、一週間ほど前からの新聞がどさどさと積まれていた。こちらは読み終わった分だ。

世間を揺るがす大ニュース。政治、経済。芸能人のスキャンダル。聞き覚えのある情報はないか。
事故、事件、失踪者または捜索願いの記事。自分の名前が、ないか。

「……はぁ」

今日の日付が入った新聞を鬱々とたたむ。

「どう…?マオ」

成果を尋ねてきた003に、首を振って答える。これといった収穫はなかった。

「焦らなくていいわよ。紅茶、淹れるわね。レモン?ミルク?」
「あ、ミルクで…。ありがとうございます」

過去の記憶はなかなか戻らない。しかし、味の好みや性格は、順調に明るみになってきていた。003は「ちょっと控えめすぎるかしら」とは思うものの、マオのことは好意的に捉えている。

――あとは彼女が、皆に慣れてくれれば良いのだけれど。

002はもちろん、自惚れでなければ003自身にも、だんだんと馴染んでくれている。ただ、仲間内の数人に対しては未だに慣れず、約一名に至っては特に苦手に感じているようである。

「俺にも淹れてくれよ」
「あら、004」

その約一名が、文庫本を片手にひょっこりと現れた。
そのままリビングを横切って、テレビが見やすい位置に腰掛ける。それがたまたまマオの横だったものだから、マオはびくびくと身を縮める羽目になってしまった。

そんな二人を横目に眺めて、003はため息をつく。

――相手の性格を考えて距離を推し量る、ってことをしないのよね。004は。

というよりは、考えてもわからないから普段通りにする以外にないのだった。

消極的な女性というものはそもそも彼に近づかない。初めてのタイプの人間に004も戸惑っていた。
彼は性格上、相手のタイプに合わせて接し方を変えることが出来ない。更に表面上ではムッスリと押し黙っているため、怒っているのでは、と相手にあらぬ誤解を与えることが多々あった。
要は、不器用なのだ。

「はいマオ、どうぞ」
「あ、ありがとうございます…」
「貴方はストレートで良かったわね?」
「ああ」

二人の前に紅茶を置く。
チラリとテレビを確認すると、派手な格好をしたお笑い芸人が派手なコントを繰り広げていた。

…あんなの、面白いのかしら。

004が好みそうな番組ではない。実際004はお笑いなどに興味はなかった。テレビをつけたらたまたまそのチャンネルだっただけだ。
しかしマオが画面を眺めているために、勝手に変えるのは悪いかも知れない、と変な気を遣ってチャンネルを回せずにいたのだった。

マオはマオで、気の利いた話を持ちかけることも出来ず、その場を離れる言い訳も思い付かず、沈黙に耐えかねてテレビを見る振りをしているだけだった。内容なんてこれっぽっちも頭に入っていない。

まったく興味なさげな顔でお笑い番組をただただ眺める二人組。奇妙な光景だった。




「それは…ふふ、見てみたかったな」
「もう、笑い事じゃないのよ」

結局二人は番組が終わるまでそのままだった。
エンドロールが流れると同時にマオは新聞を片付ると言って部屋を飛び出し、004も自室に戻って行った。入れ替わるように現れた009に事の次第を報告して、現在に至る。

「どうにかならないかしら、あの二人」

003はふぅと頬に手を当てる。

お互いに不器用すぎるのだ。他のメンバーとの仲は時間が解決してくれるだろうが、マオと004に関しては、まだなにか壁があるような気がしてならない。

「そうだなぁ…。004ってさ、一度気に入っちゃえばあとはとことん信用して世話焼くような所あるだろ?」

003は頷く。
ニヒルで皮肉めいたことばかり言う004だが、本質的には優しい男なのだ。他人には興味がないような態度を取ってはいるが、仲間への助力は惜しまないし弱者には手を差し伸べる。お陰で苦労を買う場面も多いのだが。

「要はきっかけだと思うな」

例えば、と009は指を立ててみせる。

「うまくいくかは分からないけど、こんなのはどうかな」
「なになに」

既に半分野次馬気分が見え隠れする二人は、わいわいと話に花を咲かせるのだった。

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