テーブルに食器を5セット並べる。自分、博士、008、009、いつもの四人分に加え、昨日出会ったあの子。

「あら」

ちょうど彼女らしき足音が聞こえてきた。極力音を立てぬよう控えめに歩いているが、003の耳は正確にキャッチする。

「おはよう…ございます」
「おお、お早う。よく眠れたかね」

キッチンに顔を出したマオに、入り口近くのソファーに座って001をあやしていたギルモアが挨拶を返した。
彼は003が朝食を用意している間、001にミルクを与える役目を買って出ている。

「は、い…すみません、転がり込んでしまって…」

はいと言う割に彼女の顔色は優れない。正直なところほとんど眠れていなかった。悶々と考え事をしている間に空が白くなってしまい、キッチンから人が動き回る気配がしたので起きてきたのだ。

「おはようマオ。もう出来るから、どうぞ座って」
「え、あ、あの…頂いていいんですか」
「もちろんよ」

マオは、テーブルのどこに座るべきか、迷って迷って、結局邪魔にならぬように一番端の席に腰掛けた。
その斜め前にギルモアが座る。それぞれの皿に、焼きたてのトーストやハム、サラダが並べられた。

「わぁ、美味しそうだね」

そこへ、009と008が並んで現れる。

「おはよう。隣、いい?」
「あっ、はいっ」

009に愛想良く問われ、つい彼のために椅子を引いてしまう。003がまぁ、と目を丸くした。
なにか悪かっただろうかとマオが不安になって振り返ると、003は半ば呆れたように「それじゃ男女逆よ」と教えてくれた。

当初、レディファーストがスマートに行えずに苦労した覚えがある009は、仲間を見つけたような気持ちになってクスクスと笑ってしまう。

「ふふ、やっぱり君、日本人なんだ」
「そう…なんでしょうか」
「染み付いた癖って抜けないものだよ。これからいろいろ思い出せるといいよね」

そうだね、と相槌を打ちながらマオの向かいに腰掛けたのは008だ。

009と008は、003に並んで何かと気遣い声を掛けてくれる。ギルモアに至っては昨晩、孫のように世話を焼いてくれた。彼らに囲まれる食卓はなんだかこそばゆかった。

「あ…これ…」
「どうかした?」

添えられた野菜炒め。口の中で、ほどよい味付けがじわりと広がった。

「すごく、美味しいです…。あの、とても…好き、です」

003は、そう、と微笑んだ。
そうやって少しずつ知っていけばいい。自分のことを。仲間のことを。





食後のコーヒーを口にした頃だった。
大きなあくびを隠そうともせずに、002がキッチンにやって来たのである。

「あら、珍しい」

003は正直な感想を漏らした。

毎日、朝ご飯と呼べる時間に起床してくる固定メンバーは、現在テーブルでくつろいでいる4人だ。001も“昼の時間”であれば人数に加わる。
006は個人経営の店のため、005は日の出と共に目覚めるために、早朝に出掛けてゆく。共にゆったりと朝食を取る機会は少ない。
残る3人のうち、低血圧のために遅めの朝食を取るのが004で、夜型の生活を送っているために黙認されているのが007、いつまでも寝ているか出掛けたまま帰ってこないので、朝ご飯を食べない人間が002だ。

「いやぁ、なんか目が覚めちまってよ」
「そう。ご飯食べる?」

もう一時間もすれば起きてくるであろう004の分が残っていた。彼の分はまた作りなおせばいいだろうと思い、そう問いかける。

「メシはいーや。海岸でも散歩してくるかなァ」

自然にひたる心など持ち合わせてないくせにそんなことを言ってみる。
たまに早く目覚めてしまうと、らしくもないことをしたくなるのだった。

「……あ、」

マオは、言うか言うまいか一瞬迷い、マグカップを握りしめていたが、意を決したように顔を上げた。

「あの、私もついて行って…いいですか」

おう、こいよ、と二つ返事で了承してくれた002のあとを、マオはぱたぱたと追った。部屋を出る際に、003に「御馳走様でした」と礼を言うのを忘れないあたり、律儀だった。



「………」
「………」

マオと002を見送り、残された四人は顔を見合わせた後、椅子を寄せてひそひそと耳打ちをする。

「なんだかマオってば、002に懐いてる、わよね?」
「003もそう思うかい?昨日もドルフィン号の通路で楽しそうに喋ってるの見たけど」

合体するやらなんやら、よくわからない話をしていた、と報告する008に、009が「でも、」と反論する。

「彼女って大人しいっていうか、かなり内気だろ?002と話が合うようには見えないよ。どっちかっていうと、怖がりそうな感じじゃない?」
「そうよねぇ。なのによりによって002に…」

好戦的で大雑把。紳士とはかけ離れている002は、一言でいえば「不良タイプ」だった。
不満があるわけではないが、どこか解せない。

「しかし……彼女が初めて出会ったのは002じゃろう?」

ギルモアの言葉に皆が頷く。
最初に彼女と会ったのも、皆の元まで連れてきたのも002だ。運び方は乱暴であったが。

「刷り込み…という現象があるんじゃが」
「………」
「………」

鳥の雛は、はじめて見たものを親と思い込むという、アレである。
002のあとを一生懸命ついていく姿が、親鳥のあとを追う雛鳥に…見えなくもなかった。

『あるいは、吊り橋効果かも知れないよ』

籠の中で大人しくしていた001がからかうように付け足しをする。彼にだって、002に対し心を開きかけているマオの心は読み取れても、その感情が生み出された理由まではわからないのだった。



「うーん…」

4人揃って頭を突き合わせた結果、信頼できる人が一人でもいるのは良いことだろう、という、大変プラス思考な結論に落ちついたのだった。

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