最低限のライトしか使われていない薄暗い道を、少女が怯えた様子でついてきていた。
彼女は002の横に並ぼうとはしない。数歩うしろを、歩幅差を埋めるためにやや小走りで歩くだけである。

「そういや、名前きいてなかった」

振り返ると、少女が大袈裟に肩を揺らした。驚かすつもりはなかっただけに、バツが悪い。

「え、あ、ごめんなさい、なんですか」
「な・ま・え」

ユア、ネーム、プリーズ。

区切ってゆっくり言い直すと、ようやく彼女は理解したようだった。

「マオ、です」

少女は――マオは、何故自分がここにいるのかはもちろん、眠る前はなにをしていたのか、いまひとつ記憶が曖昧だった。
しかし自身の名前だけははっきりと覚えている。両親が生まれた自分に初めて与えてくれたもの。

「マオね。俺は002」
「ゼロゼロツー?」

コードネームだろうか、と首を傾げる。

『そのようなものだよ』

001が割り込んだ。

『改めて、僕は001。僕と002は仲間だ。1から9まで、9人の仲間がいる。おっと、博士を忘れちゃいけないね?』
「仲間?」
『そう、君を捕らえた者たち――ブラックゴーストに対抗する仲間だ』

そのとき、タタタ、と乾いた音が遠くに聞こえた。

「この音…」

マオは、薄暗い通路でも見て取れるほどに、青ざめた。

「この音、なんですか」

途切れないどころか、近づくにつれて激しくなる。002はもう聞き慣れてしまった。慣れたというよりも、生まれた国と時代柄、銃声など、別段珍しいものでもなかった。

マオを引き寄せて、離れるな、とジェスチャーをする。そろそろ流れ弾がきてもおかしくない位置だった。

『マオ、君が恐怖を抱いているのは手に取るようにわかる。でもよく見ていてほしい。僕らの敵を。僕らの戦いを』

いよいよ耳が痛むほどに銃声が近くなった。見覚えのある扉が僅かに口を開いている。そこから白い煙がもうもうと流れ出ていた。煙の向こうがたまに光るのは、発砲の際の火薬だ。

耐えきれずにマオが002の服の端をつかんだ。

「ちゃんと守ってやるから」

握りすぎて白くなった手を、落ちつかせるようにポンと叩いた。触れたこちらが驚くくらい小さかった。



『004、いるか!』
『遅かったな』

無線で呼びかけるとすぐに返事が来た。

『もう少しで弾切れするところだった』
『なんだぁ、苦戦してたのか?』
『馬鹿言え、誰のために扉を守ってたと思ってる。それにもう終わる。ミサイル撃つぞ、伏せろ』

おっと。
マオの頭を抱いて床に転がる。爆音と爆風が頭上を襲った。

「大丈夫か?」

衝撃が収まってから腕の中を確認すると、マオはただただ茫然としていた。悲鳴をあげる暇もなかったらしい。

扉の向こうで、兵士たちはバタバタと撤退を始めたようだった。化け物め!などというありきたれた捨て台詞なども聞こえる。そして一分も満たないうちに、静寂が訪れた。

「済んだ」

弾切れしかけた死神は、涼しい顔で服の埃を払った。

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