少女はぼんやりと002を見ていた。焦点が合っておらず、ただ眺めているだけといった風情だ。 カプセルが閉じているときは顔色が良かったのに、いまは唇が青白い。無理に覚醒させたせいかも知れない。 「よう。大丈夫か?顔色悪いぜ」 なるべく簡単な言葉を選んで声をかけた。有難いことに002の母国語は世界の共通語だ。簡単な日常会話くらいなら学んでいるかも知れないという期待があった。 「は…い。えっと…」 返事があった。 まだ眠気まなこではあるものの、まっすぐに002を見ている。 (ジャパニーズか) 002はそう判断する。彼女の発した言葉のイントネーションには聞き覚えがあった。日本人はすぐ「えー」だとか「あー」だとか言うのだ。栗色の髪を持つ仲間のお陰で002はそれを学んでいた。 少女は緩慢な動きでカプセルの縁に手をついて、ふらふらと身を起こそうとしている。 あえて手は貸さなかった。彼女を抱えていてはいざというときに応戦できない。少なくとも仲間と合流するまでは自分の力で走ってもらわなければならなかった。 『本格的に改造される前だって言ってたな。ならこの子は戦えねーんだな?』 心の中で001に問いかけた。 『もう、ちょっと待ってよ。いま彼女と話してるんだから』 『そりゃ悪かったな』 自分は翻訳機が壊れて会話にならないし、そもそも説明は得意ではない。大人しく001に任せることにした。 『でも詳しく説明してる暇はないからね。とにかく君について行くようにとだけ言っておく』 『そうか』 『彼女、人見知りするタイプみたいだ。相手がこんな不良で乱暴なアメリカ人じゃ余計に怯えるんじゃないかなぁ』 「だれが不良で乱暴だっ」 思わず口に出して返してしまった。少女がびくりと肩を揺らしたのが視界に入った。 「あ、ご、ごめんな、さい。英語、ちょっとしかわからなくて」 『ほら、怖がらせた』 「……チッ」 001は少し面白がっているようだった。 通訳くらいできんだろ、しろよ、という002の恨めがましい意識をするりと無視する。 『部屋を出て右に。皆と合流して脱出だ』 このガキ、後でシメる。 002は出来もしないことをぼやいた。 「とにかく、行こうぜ。あんまり遅いとおっさんにどやされちまう」 細かい部分はともかくして、「行こう」という部分は伝わったようだった。少女が慌てたようにカプセルから出る。 「――こっちの人達は」 そこで彼女は奥にある二つのカプセルに気づいてしまった。中に人がいることも。 「見るな」 腕を引いて気を逸らした。 彼女がショックを受けるからではない。助けられずに見捨ててゆく亡骸など見られたくなかった。このまま彼らは基地ごと海に沈むのだ。 『君のせいじゃない』 001の言葉を、002は無視した。 誰になんと言われようがこれは自分達の罪で、それに追われることは逃れられない宿命のようなものだった。 ← 戻る → |