小説 | ナノ


最近遠くが見えにくい。黒板の字とかよく見えないときがあって困る。字が大きかったりすると見えるけど小さいと見えにくくて目を細めないとはっきりとわからない。
疲れてるのかな、なんて思って早めに寝たり、目薬をしたり目の周りをマッサージしたりしてみたけどいまいち効果がない。


授業を終えてホームルームのために先生が教室に入って来る。明日の予定とか今月の行事とかそんな話をボーっと聞き流していたら突然名前を呼ばれた。

「基山」

「あ、はい」

渡されたのは一枚のプリントで目を通そうとすると起立、と委員長が号令をかけ始めたのであわてて席を立つ。礼をしてからまたプリントを見ると、この前学校で受けた視力検査の結果が書かれていた。



「姉さん」

「おかえりなさいヒロト。どうしたの?」

「あ、ただいま…」

家についてすぐに姉さんのところへ向かった。少し前にもらったプリントを取り出して姉さんに渡した。

「視力検査の結果?」

二つに折られたプリントを開いてそれを見ながら俺に問う。小さくうん、とうなずいてから姉さんから返事がなくて。しばらく無言が続いてから紙をぱたりと閉じた。姉さんがこっちに目を向けて力強い瞳で俺を見た。

「ヒロト…」

「は、はい…」

「眼鏡買いに行くわよ」

姉さんの行動は早かった。財布と携帯そのほか必要なものをかばんに詰めると呆然としている俺の腕を引っ張って家を出た。俺の視力検査の結果はc判定(0,3〜0,6)視界がぼやけていたのは疲れ目じゃなくて視力の低下によるものだったらしい。



昨日どうにか眼鏡を購入。眼鏡を買うのはもちろん初めてで、あんなにフレームに種類があるなんて驚いた。どれにするか悩んだ挙句、似合うと言われた黒縁のフレームにした。
つけるために持ってきたけど勇気がなくて結局つけずにその日を終えた。

「ヒロト―お前なんで眼鏡つけねえの?」

「せっかく買ったのに意味がないだろう」

「晴矢、風介…」

黒板見えねえんじゃねえの?と晴矢に聞かれる。確かに見えにくい。その上さっきの授業は)いつも字が小さい先生だから板書ができなかった。それでも、

「ちょっとこわいんだ」

「眼鏡が?」

「眼鏡じゃなくて。人の目?誰も気にしてないとは思うけど何か言われたら嫌だなって。そう思うとつけられなくてさ」

くだらないことだとは自分でも思ってる。こんなことで人の目なんかを気にする自分はすごく小さい奴だな、とも。宇宙人してた時は全然気にならなかったのに不思議だな。
その後二人に先に帰ると言ってそそくさと教室を立ち去った。家に着くなり部屋にこもってベッドに横になった。疲れていたのかいつの間にか眠っていて、あの二人が姉さんに今日俺が言ったことそっくりそのまま報告していたことなんて知らなかった。



「おはよう」

「あら、おはよう」

昨日たくさん寝たせいかいつもより早くに目が覚めた。台所に行くともう姉さんがいて挨拶をすると姉さんは振り返って…いつもの姉さんだが一つ違うところがある。

「なんで、眼鏡?」

驚きながらも尋ねる。

「私も視力が落ちてきてて買おうと思っただけよ」

似合うかしらという問いにもちろんと答える。今まで裸眼の姉さんばかり見てきたけど眼鏡をかけても違和感を感じなかった。

「眼鏡をかけないまま視界がぼやけてまわりが見えなかったらこまるもの」

そんな姉さんを見てて何故か少しだけ眼鏡をかける勇気が出たような気がして。

「姉さん、俺もかけてくる」

「! ええ」

部屋に戻ってケースから取り出してそろりとかけてみる。視界が広がって遠くのものがよく見える。ぼやけていた世界がはっきり見えるようになって嬉しさがこみ上げた。
また走って姉さんのいる台所に向かう。

「姉さん」

「なにかしら」

「眼鏡かけてみたら、昨日変に考えてたことどうでもよくなっちゃった」

「よかったわね」

「うん!ありがとう」

そう言って俺が笑うと姉さんも笑ってくれて、その笑顔がはっきりときれいにみえた。






−−−−−−
エイリア祭にてついったで仲良くさせていただいている方へ捧げたヒロト。

title by 自慰

20111023