BL番外編
風紀組が入れ替わった話B
「……近い。落ち着かない。離れろ」
「え? 離れていいの?」

 夜。いよいよ寝ようとベッドで横になる。背を向けるようにして壁際を陣取ると、牧田はピタリと寄り添い抱きしめてくる。離れていいのとニヤつく牧田は、俺がそれを見逃せないと分かっているのだろう。意地の悪い笑い方にイラつき、頭を後ろに振る。ガツ、といい音のした牧田の顎に、少し胸がすいた。

「〜〜〜〜〜っ、いてぇ」
「おっと悪い」
「こんの、」

 牧田は俺の服の中に手を突っ込むと、さわさわと肌を撫ではじめる。くすぐったさに寄せられた足を蹴ると、牧田は鬱陶しそうに腿で抑え込み身動きを封じる。

「椎名、大人しくしてねぃ」
「いやだよバカか」
「はいはい馬鹿で結構」

 へそから胸までを怪しく撫でる牧田の手に思わず息を詰める。んー、と肩口に顎を乗せられると、項がぞくりと痺れた。

「なーんで俺は菖ちゃんの胸弄ってんのかねぃ」
「別に頼んでもいないのに勝手に弄って勝手に虚しくなんのやめてくれ」

 肘鉄でも食らわせたいところだが、完全に抑え込まれたこの体勢では振り切ることができない。チッと舌打ちをすると牧田はふ、と声なく笑う。

「いつ殴られるか分かんねぇの嫌だなぁ」
「俺だってやだよ」
「おー、気が合う〜」

 いぇーいと言いながら胸をまさぐる牧田にげんなりする。半ば投げやりに拘束から抜けようと足をうごめかす。ちょ、と牧田の焦る声が聞こえた。

「んだよ」
「チンコ刺激すんのやめて」
「はぁッ?」

 衝撃に硬直する。俺の反応に気を良くしたのか、牧田は俺の手首を緩く握り、自分の中心へと手を導く。掌に触れるそれから逃れようと手を動かすと、主張はぴくりと反応する。

「うわ」
「元気なチンコは好きですか?」
「死ねばいいのに」

 躊躇なく拳で主張を潰すと、くぐもった声が背後からひねり出される。

「う゛ううう……」
「さ、寝るか」

 目を閉じ寝る準備をする。唸り声交じりに、おやすみと言う牧田におやすみと返す。誰かと寝るなんて久しぶりだな。……それが性欲野郎なのは複雑だけど。





 講堂の二階。舞台正面にある機械操作室。俺と青はそこで、全校集会のためぞろぞろと集まりはじめた生徒をじっと見守っていた。青の体に入っている二村は、険しい顔で青に手渡された台本を読み込んでいる。

「二村、ちゃんと挨拶できるか……? 不安だ…」
「簡単な挨拶に書き換えたんだろ?」
「あぁ……。その筈なんだが、さっきから二村のやつ、カンペをガン見してんだよ……」

 二村の(正確には青の)必死そうな様子に、思わずあぁと嘆息する。確かにあれだけ一生懸命に読み込んでいるのを見てしまえば不安になるのも頷ける。ステージの端っこで顔を顰める二村を、俺の体は半笑いで見つめている。中身橙だしなぁ……。二村のフォローを橙に期待するのは厳しいかもしれない。

「赤のあの表情は珍しいな」
「あー、確かにあんまそういう顔しねぇかも」
「……俺今嫌なこと思いついた」
「ん?」

 不意に表情を強張らせた青に、首を傾げる。青は軽く笑おうと試みて失敗したのか、中途半端に口元を緩めた。

「橙、赤の写真撮りまくってんじゃ……なーんて」

 ……うわぁ。
 予想外の方向から来た投球に内心ドン引く。鏡を見なくても、今の自分が青と似たような表情をしているのが分かった。

「すげーやってそう」
「だろ、ハハ。気付きたくなかった」

 青は顔を顰め、橙を睨みつける。橙は右耳に触れて何かを耳に押しこむと、こちらに向けてニヤリと笑う。

「青。アイツ盗聴器仕込んでるっぽいぞ」

 言うなり橙は、ひらりと手を振ってみせる。正解、ということだろうか。というか舞台から機械室の中を見ることはできないはずだが。青もそれに気付いたのか、引き攣った顔で「そうみたいだな」と同意を示す。

「……橙。フォロー頼んだぞ」

 ちぇ、とでも言いたげな自分の体に苦笑する。橙は少し悩む素振りをした後、スマホを機械室に向けてチラつかせた。

「なんだアイツ。何が言いたい?」

 首を傾げる青。

「……写真についての交渉、か?」

 迷いがちに口を開くと、青は唸り声を上げる。舞台上の俺は、首肯したように見えた。続けてブレザーの内ポケットを漁ると、小さな何かをこちらに掲げる。

「USBか?」
「や〜べぇ。アイツ留まるところを知らねぇな」
「ハッハ。まぁいいや」
「はぁ?! いいのか!?」

 ぎょっとした顔で尋ねる青に、別にと返す。

「橙なら悪用はしねぇだろ」
「ああ、有意義には“使う”だろうけどな!」

 有意義ならいいじゃねぇか。何が悪いんだと眉間に皺を寄せる俺に、青はそうじゃないと頭を抱える。橙は満足そうに頷くと、カンペを睨みつける二村に何やら耳打ちをした。さて、何を言ったんだか。





 会はつつがなく進み、いよいよ風紀委員長の挨拶まで回った。いつもであれば余裕ありげな風紀委員長だが、今日ばかりは雰囲気に余裕がない。いつも通りなのは、厳めしいその表情くらいか。その実態は緊張で顔が強張っているだけなのだが。俺の隣に立つ青(in橙)は、不安そうに二村を見つめている。

「風紀委員長の夏目……だ。今月の風紀検査の結果についてまずは伝える」

 下の名前忘れたな。
 青も不自然な間に察したらしい。二村、と呆れた声を出す。

 検査結果を読み上げおえた二村は、むっつりと黙り込む。顔を俯け険しい雰囲気を醸し出す風紀委員長の姿に、集まった生徒は不安げに沈黙を返す。呼吸の音すら聞こえてしまいそうな程の静寂。

「あ〜れは菖ちゃん、セリフ飛んだねぃ」
「うお、牧田」
「ああ、やっぱり?」

 機械室に乱入した声は、正確に二村の状態を言い当てる。当たり前のように会話を進める俺たちに、青は至極当然の疑問を発した。

「というか何で牧田はあれが二村だって分かるんだ」
「昨日寝る前にそこの椎名が言ってたから アツ〜イ夜を過ごしちゃったねぃ」

 暑かったには暑かったよなぁ、としょうもないことを考える俺と、特に否定もしない俺に焦りを見せる青。赤ッ!? と青が叫ぶ最中、橙が動いた。トントン、と口元を叩く橙のジェスチャーに、二村は口を開く。

「……今回検査に引っかかった生徒」

 一瞬言葉を区切る委員長に、一同は何を言い出すのかと息を詰める。何かを迷っているのか視線を揺らした二村は、不意に表情を緩め、ふわりと微笑んだ。

「次は、引っかからねぇように!」

 眉間から皺が消える。パッと口角を上げた委員長の姿に、牧田は「おー、爽やか」と小ばかにした笑いを零す。青と二村が入れ替わったことなど微塵も知らない生徒たちは、突然の笑顔にきゃあきゃあと盛り上がりを見せる。青は、居たたまれないとでも言いたげに手で顔を覆った。ぴぴぴ、青のスマホがLINEの受信を伝える。メッセージを見た青は、うわぁと顔を顰めて俺へと見せる。

【赤の前なんだから、俺の体で情けない声出さないでくれない?】

「……なんというか、流石だよ」

 ハァ、と溜息を吐く青に、橙だからなぁと苦笑した。





「やっと体が戻った……!」
「ハァ……」
「はぁ、最高だった……」

 午後四時。
 ようやく自分の体に戻った俺たちは風紀室にてほっと溜息を吐いていた。なかなかに濃い一日だったな。じゃあ解散しようと席を立ったその時、二村が不意に疑問を零す。

「漆畑はよ、結局オナったのか?」

 突然何を。困惑するも、そういえばそんなことを入れ替わり当初に橙が言っていたなと思い出す。硬直した空気の中、疑問に反応できたのはただ橙一人だった。

「……さぁ、ね?」

 悪戯っぽく笑い、橙は部屋を後にする。け、結局どっちなんだ……。
 全員が全員、もやもやした気持ちを抱えつつ解散する。実際のところどうだったのか。それを知るのは橙のみだ。部屋に帰ると、おかえりと三浦が声をかけてくる。

「昨日さ、ずっと部屋に籠ってたけど何してたの?」
「えっ、いや、なんだろうな……」
「物音がすごかったから、気になってさ」
「……本当に、何してたんだろうな」

 実際のところ、どうだったのか。それを知るのは橙のみ、である。




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