カタカタとキーボードを叩く音が部屋に響く。机に積まれた書類は減る気配を一向に見せない。不意に会長の机からキーボードを叩く音が止む。コーヒーでも飲んでいるのだろうか。
「なぁ律。疲れてねぇか」
唐突な問いに半ば呆れながら答える。無論、手は動かしたままだ。
「疲れてるに決まってるでしょう、バカバカ、本当にバカ」
「……一回ハグすると布団で寝るのと同じくらい精神力が回復するらしいぞ」
「精神力ってなんだか強そうですよね……」
手を動かしながらぼんやりと返事を返すと、会長が眉間に皺を寄せる。
「お前、寝た方がいいんじゃないか。発言がなんだかおかしいぞ」
「三徹もしたら誰だっておかしくもなりますよ。正直さっきから自分が何言ってるかよく分かりませんもん」
「もん……」
締め切りが差し迫っている書類が多く、ここ三日間俺と会長は碌に寝ずに生徒会室に籠りっぱなしだった。現状自分が書類を処理できていることが不思議になる程度には頭が働いていない。
「分かった、ハグしたら寝よう。だから取りあえずハグしよう、なっ?」
「ハグ……? したら寝てもいいんですか?」
「仮眠室で好きなだけ寝ていいぞ」
Enterキーを押し、少し考える。考えるといっても頭が働いていないので言われたことの表面を頭の中でなぞるだけだ。
「……ハグ。疲れが取れる……。疲れが取れるってことは無敵ってこと……?」
「……この状態の律とか、手を出したら罪悪感すごそう」
「も、いいや。ハグでしたっけ? やりましょう」
投げやりに両手を広げると会長が何かを堪えるような表情になる。逡巡は一拍。ふらりと近寄ってきた会長の腕に指先を絡め、引き寄せられるままに体を預ける。
干したての布団に身を包まれるような多幸感。触った瞬間伝わる甘く優しい感情にクスリと笑う。温かい。気持ちがいい。ふわふわする。鈍くなった頭に甘い感情がぐちゃぐちゃに広がる。俺の感情か、会長の感情か判断がつかないものが俺の心を侵していく。
──ずっとこのふわふわが続けばいいのに。
「律、おやすみ」
遠ざかる意識の中、会長の声が真綿のようにそよそよと俺の耳を撫でた。
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