高校三年生/峯田視点
紙が落ちた。生徒手帳から零れ落ちた紙はぐしゃぐしゃに折られている。それを広げ正体に気づいた俺は、一つ苦笑いを落とした。
『奥村に会えますように』
紙は、一昨年の七夕に認めた短冊だった。幼少の頃からずっと書き連ねていたこの短冊は一体何枚目のものだっただろう。
叶わなくて、悲しさに握りしめられた短冊の折り目に胸が痛んだ。
「峯田ァ、それ何?」
「んー? 捨て忘れたゴミ」
「後生大事に仕舞っといてゴミって」
叶っちゃったからね、と肩を竦めると、よく分からなかったのか曖昧な返事が返ってくる。少し考え、首を捻り、本来の目的を思い出したのかハッとした顔をする。
「っていうか峯田! 早く前に回せ! お前が短冊書き上げねぇからお前の列だけ短冊回収できねぇんだよ!」
クラス委員に選出された奥はイライラと俺の机の横で吼えた。ぷんすこといった具合に怒る奥は、先ほどから短冊を前に願い事の内容を悩む俺に地団太を踏む。かわいいがないものを出せと言われても困ってしまう。
「願い事はもう叶っちゃったからさぁ」
思いつかない〜と泣き言を言うと頭を回収済みの短冊の束でぴしりと叩かれる。優しさが足りない。
「舐めたこと言ってんじゃねぇわ。今から大学受験だろ! 適当に第一志望合格とか書いとけよ!」
なるほど、尤もである。おぉ怖、とわざとらしく身震いしてから短冊に向き直る。第一志望に、と書いてから悩んだ末に線を引いて消し、書き直す。
『奥と同じ大学に入れますように』
俺が書くところをじっと見ていた奥は、願い事に顔を一瞬顰め、はにかむ。嬉しさを隠そうとして失敗したのだと理解した俺はニヤリと笑う。
「どうしようもねぇな」
「なんでさ、言われたとおりに書いたのに」
「ハイハイ」
奥は俺の手から短冊を掻っ攫い、前の席のやつの短冊を集めはじめた。耳が真っ赤でかわいいとは流石に教室では言えない。
一昨年の短冊を細かく破り、窓から外に投げる。紙は、奥村と別れた卒業式の日の雪のようにふわふわと風に流され空を泳いだ。真夏日に降る雪とはなかなか風流な。
鬱屈とした一昨年の夏を思い密やかに笑う。教室の前の方では奥が楽しそうに騒いでいた。
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