BL番外編
願い事は
 ──雨だ。

 頬に落ちた雫を拭い空を見上げる。シトシトと降り始めた雨は仄かに甘いにおいを含んでいた。笹をしまったほうがいいかもしれない。

 今週から七日の七夕にかけて飾っている笹は生徒会が主導で行った催しだ。会長と二人、折り紙をひたすら短冊状に切っていくのはかなりの苦行だった。来年もやるのであれば裁断機の使用許可を取ってからやるべきだと思う。お陰で手がまだ筋肉痛で強張っている。

 会長に連絡を入れ、一足先に中庭に向かう。雨はすでに短冊を濡らし始めていた。吹き始めた風に飛ばされたのか、何人かの短冊が地面に落ちくしゃくしゃになっている。

 こうなるともう願い事が叶わない気がして、俺は顔を顰める。落ちている短冊を拾い上げ、ポケットにしまい込む。伸ばして乾かしてそっと飾りなおしておこうと思った。

 笹を担ぎ、生徒会室へと運び始める。渡り廊下に差し掛かると、会長が慌てた様子で駆け寄ってくる。

「悪い、遅くなって」
「いえ、十分早いですよ」

 謝りながらタオルで俺の肩を拭く会長に、口元を緩ませる。気遣いが嬉しかった。とはいえ、運ぶまでに結構濡れたから着替えは避けられないだろう。髪から垂れた水滴が首へと流れる。

「じゃ、運びましょう」

 よいしょと笹を持ち直す。会長ももの言いたげな顔をしながら俺の後ろに回り笹を担いだ。

「……なぁ」
「なんですか、寒いからさっさと運んで着替えたいんですけど」
「一言言ってもいいか」
「どうせ碌でもないことだろうからダメです」
「お前、濡れてるせいか尋常じゃなくエロい感じになってるぞ」
「うるせぇぞバ会長」

 こんの万年発情期野郎が。







 生徒会室に入ると会長がジャージを投げつけてくる。

「それでも着てろ。なんか、マズい」

 五十嵐と刺繍されたジャージは優しい香りがした。洗剤の匂いだろうか。

「前に着てから洗ってねぇけど今のその状態よりマシだろ」
「なんスか、これ汚ねぇんスか」
「やかましいわ」

 茶化しながら複雑な気持ちでジャージに袖を通す。借りたジャージはやはり大きかった。余った袖部分を折り長さを調節する。

「あったかいです、ありがとうございます」
「お、おー……」

 そういえばポケットに短冊を仕舞ったままだったと思い出し、破れないよう慎重に取り出す。よれた短冊を優しく伸ばすも、皺は取れない。アイロンを使って伸ばした方がいいかもしれない。

「会長、アイロンって生徒会室にありましたっけ」
「ん……? 確かあったはずだが」

 そう言い給湯室の方に引っ込んだ会長は、片手にアイロンを持って戻ってくる。何で給湯室にアイロンがあるんだ。

 疑問を飲み込み、礼を言い受け取る。会長は俺のしようとしていることに興味が引かれたのかいそいそと近寄り後ろから手元を覗き込んでくる。

「何しようとしてるんだ」
「短冊が雨風のせいで落ちてたので。捨てるのも後味悪いから伸ばしてもう一回吊るそうかと」
「へぇ」

 会長はそっとアイロンを持つ俺の手の甲をなぞる。後ろで微笑む気配がした。

 ──《愛》

 流れてきた感情に、ふるりとまつ毛が震えた。俺の緊張した背中に気づいたのか、会長が笑って離れる。逃がしてくれるらしい。

「会長は短冊に何書いたんスか」

 話を逸らしたくて話題を振る。

「お、気になるか」
「いや、大して」

 話題を逸らしたいくせに会長の軽口にも乗ろうとしない俺に、会長はクツリと笑う。

「そうだなー。俺は、律が俺のこと好きになりますようにって書いた」

 会長の目が僅かに揺れる。寂しそうに陰る瞳。触れずとも気づく。

 ──そうか、生徒会役員のことを書いたのか。

「律は?」
「俺ですか。俺は、会長がセクハラやめてくれますようにって書きました」
「叶いそうにねぇな」
「叶えてくださいよ」

 会長でしょ、と言うとなんだそれと笑う。

 適当に肩を竦め会長の反応を受け流しながらアイロンで伸ばしていた短冊の一枚をひっくり返す。

『会長の願いが叶いますように R.A.』

 ぐしゃぐしゃによれていた短冊は、先ほどより少し誇らしそうに胸を張っていた。



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