BL番外編
葬列
 夢を見た。なぜか俺は宙に浮いていて、足元には黒服の大人や制服姿の学生たちがずらりと列をなしていた。不可思議な現象だった。下へ降りようと考えると、俺の体は下降して地面に着地する。気を抜けば飛んでしまいそうな手応えのなさに、やはり夢だと断じる。

 列に混じってみるも、なぜ並んでいるのかよく分からない。目的はあるのだろうが、なにしろこの長さで先頭列が全く見えない。皆一様に表情が暗い。それくらいしか分からなかった。きょろりと辺りを見渡すと、見知った顔の多いことに気づく。あの大人は以前商談を持ちかけてきた会社の社長だし、あっちは椎名が株を購入している企業の代表だ。

 そうそうたるメンツに混じって見える学生服は……桜楠学園の生徒だろう。話したことのある連中から廊下ですれ違ったかもしれない程度の知り合いまでがこの長蛇の列に並んでいた。おかしなことにどれだけ近くに寄っても、話しかけても、彼らに俺の姿は見えないようだった。

 ふわり、風に乗って香る線香の匂い。父さんの部屋でよく焚かれている白檀の香りだ。ああそうかとようやく思い至る。黒服がカメラのピントが合ったかのように存在感を増した。今日は葬式なのだ。恐らくは、俺の。

 前に行こうと思ったような、思わなかったような。気付いたら箱の上で腰をかけていた。蓋のされていない白い木箱には血の気の引いた俺の体が眠っている。驚きはなかった。木箱の中に収まる自分が、なぜか自然だと感じた。

 無感動に列を眺める。俺に向けて二言三言何かを言い、箱に花を入れていく。花が好きだった覚えもないが、お決まりなのだろう。つまらない。

 ぼんやりと眺めていると、ふと視線がかち合う。箱の中を見つめる視線が多い中、その眼差しは異様だった。だがそれもこいつらしいといえばこいつらしいかもしれない。

「何してんだよ」

 兄の声が鼓膜を打つ。水を通したかのように声は奇妙にたわんで聞こえた。

『なんにも?』

 幽霊だと自認しつつも生者の問いに答えるとはなんとも歪な話だ。聞こえたのか、聞こえていないのか。判然としないままに兄は箱の中に手を入れる。箱から白が、黄が飛び出していく。兄が仏花を掻き出しているのだ。気でも狂ったような行動を誰も止めない。皆んなが俯きながらその行動を見守っていた。

「許さない」

 兄の苛烈な表情を初めて見た。空気さえも憎い、そんな顔。全ての仏花を掻き出すと、兄はぼろりと涙を一粒溢す。たった一粒。それ以上涙は溢れなかったが、十分だった。言葉よりも雄弁に兄の涙は語っていた。

 兄は、円は、俺が死んだことを許しはしないと。

 はくり、兄の唇が空気を吐く。言葉にしようとしてなり損ねたそれは、不思議と耳に届いた。

 ──帰ってこいよ。

 瞬間、線香の香りに甘ったるさが滲み出す。紅茶のティーパックのように深く濃く色が滲む。懐かしい、愛おしい匂い。帰らなくては。独りごちると、目の前の円はふわりと微笑む。

「痛いの痛いの飛んで行け!」

 はたと目を開ける。葬式の列は跡形もない。白が基調のシンプルな部屋にはカーテンで仕切られたベッドが並んでいる。ここは……保健室のようだ。

 俺の額に手を当てて呪いを施していたらしい兄に、俺はポツリと呟く。

「熱は"痛いの痛いの"じゃないと思う」

 由、と明るい声を出す円。相当に心配をかけたらしい。昨日放課後水をかけられたまま暫く行動したからか。熱が出て倒れてしまったようである。ふらりと足元が眩んだところまでは覚えがある。ここにいることからして、発見者はこの兄なのだろう。礼を言おうとした口は、円の肩口の花びらを見た瞬間動きを止める。代わりに出たのは訝しげな声。

「…円?その花びら、」
「あぁ」

 いやに冷たい目をした円が口角を上げる。

「花をな、死神に叩き返してやったのさ」

 こうやって!とバットを振る仕草をした円は、虚な目で虚空を見つめる。

「死ぬなんて、冗談じゃない」

「え、」
「こっちの話」

 気の抜けた表情で笑う円が、やはり俺を夢の葬列から掬い上げてくれたんじゃないかなんて。

 馬鹿なことを考えている俺に、円がミルクティーを差し出してくる。あぁ、あの甘い匂いはこれだったのか。一口嚥下すると鼻につんと甘さが通る。

 線香の匂いが遠かった気がした。



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