BL番外編
夕日に溶ける
1巻特典*IF 田辺×横内渡

 思えば、中学一年が一番君と距離の近い時だったかもしれない。全校生徒の前で堂々と司会をする田辺を舞台脇で見ながらそう思う。今日は、各クラスの委員長、副委員長の任命式の日だった。各クラスで決定した委員長、副委員長は、全校集会で生徒会から任命書を渡されるのだ。渡す側と、渡される側。一体いつからこんなに距離が開いたのか。

 中一の時、僕はクラスの副委員長で、田辺は委員長をしていた。推薦に困った顔をしながら結局引き受けてしまった田辺は、なんだかんだクラスをうまく仕切っていた。あれが見かけ通りの大人しいお坊ちゃんだったら違ったのだろうが、実際は口より手が先に出る猪突猛進タイプである。クラスを仕切るくらい訳がなかった。

「おい、横内ぃ、それとってそれ」
「ほんと、動くと残念だよなぁ」

 椅子の上に立ちながらちょいちょいと器用に足で書類を指す田辺に苦笑する。残念だよな、と言いながらその実彼を好ましく思っている僕は、「しょうがないなぁ」と嘯き彼の望み通りに動いた。

「はい、どうぞ。千円」
「安いな」
「変なところでお坊ちゃん発揮するのやめてくれない?」

 田辺ほど家柄の良くない僕は、金銭感覚の差に眉根を寄せた。ありがとう、と微笑み書類を受け取った彼は、掲示板の上の方にそれを貼る。窓から差しこむ夕日のオレンジが、彼の輪郭を染め上げる。もう一枚、と振り返った彼の瞳に、夕日が映り込む。飴玉のように光る双眼に、ハク、と口が動いた。酸素を求める金魚のようなそれは、声を紡ぐことなく夕日に溶ける。

「……はい」
「さんきゅー」

 掲示を終えた田辺は、弾みを付けて椅子から飛び降りる。がたん、と椅子が傾き、飛ぼうとする田辺の体ががくんと下がる。

「あぶ……ッ、」

 口にできたのはここまでだった。柔らかな感触が口に訪れたのに気づき、落ちてくる田辺を受け止めようとした体は動きを止める。田辺の体は、そのまま僕の上に降ってきた。二人でただ呆然と硬直する。どうしよう、という思考を振りほどくように、田辺が口にした。

「帰ろうか」

 手伝ってくれて、ありがとう。

 なかったことにしたのだと理解した。好きだと言った訳でも、振られた訳でもないのにそれが無性に悔しくて。湿った気持ちを表に出さないように、うんと短く答えた。

 後悔というものは意外に記憶に刻まれるもので。こんなどうしようもないことをいつまでも僕は覚えていた。もう四年も前の話だ。そろそろ忘れてもいい頃だろう。

「二年A組。クラス委員長、横内渡」

 名前を呼ばれ、舞台に上がる。目の前には、あの日と同じ表情をした田辺がいる。思わず俯く。任命式なのに。何やってんだ僕は。そう思うも、顔を上げることができない。頭上から田辺の「あっ」という声が聞こえた。あ?

 顔を上げると、困ったような顔で田辺が微笑む。

「ごめん、横内。その紙、取ってくれない?」

 足元には、任命書。流石に足で指すことはしていないが、あの日と同じような状況だ。ぴくり、固まる僕に、田辺は苦笑する。聡いあいつには僕が何を考えたのか分かったのだろう。気まずさに、そそくさとしゃがみ込む。拾おうとした手元に、不意に影が落ちた。

「──聞こえてたよ」

 囁く声は、彼自身が発した「ありがとう」という言葉によって掻き消される。それでも僕には聞こえた。聞こえて、しまった。あの日。声なく紡いだあの言葉を、田辺は聞いていたというのか。好きだ、なんて子供じみた告白を、田辺は。

「任命書。横内渡殿……」

 読みあげられはじめた任命書。それを読みあげる田辺の輪郭があの日と同じように赤く染まっている、ただそれだけで。今までの全てが報われた、そんな気がしてしまうなんて。手を伸ばせば触れてしまう。僕たちの距離は、あの日から変わらぬままだった。




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