ただ一つ、変わらない約束をした。
付いてきてくれるかと言葉を発したその姿をまだ覚えている。生まれた時から持っているその記憶の真偽を確かめてみようと思ったのは小学生の夏休みのころだった。
じりじりと日の照り付ける真夏日。奥村の家を訪ねると、大学生になった瀬奈ちゃんが家の前に水を撒いていた。薄手のすらりとしたワンピースは涼し気で大人しそうな雰囲気の彼女によく似合っている。
動揺した。彼女の面立ちには記憶の中の彼女の面影が残っている。記憶していることがすべて事実だとどこかで事実だと気付いていたはずなのに、そのことを改めて突き付けられ驚いているなんておかしな話だ。そうだ、本当はずっと前から気付いていた。
ずっと、会ったことすらない彼のことが好きだった。じっと瀬奈ちゃんのことを見つめてしまっていたらしい。彼女は俺の視線に気づくと、にこりと小首を傾げながら笑う。
「君、うちに何か用? ボールでも投げ込んじゃった?」
「いえ……、大丈夫です。ありがとうございます」
ペコリとお辞儀をして家から離れる。振り返ってもう一度彼女を見る。奥村が命を張った証が大人になっている。そのことが無性にうれしかった。もと来た道を戻ろうと踵を返す。道は、ゆらゆらと陽炎が揺らめいていた。
「ねぇ、君!」
振り返ると、瀬奈ちゃんが小走りでこちらに来ている。
「君、私のお兄ちゃんに会ったら伝えてほしいことがあるの。伝言頼まれてくれない?」
その言葉に、ハッと瞳を覗き込む。どこか気迫のこもった瞳に、尻込みする。女の勘というやつだろうか。俺が峰だと気付いた訳ではなかろうになかなか的を射たことを言う。
「……いいよ。会えるかは分からないけど」
「ありがとう」
告げられたのは、確かに奥村に向けての言葉だった。
風が冷たい。秋に入ってから先月までの強い日差しはどこへやら、肌寒い日が続くようになった。そろそろ屋上で過ごすのは厳しいかもしれない。
「なぁ峯田、寒くないか」
「超寒い」
奥の言葉に答えつつ彼を後ろから抱きしめる。付き合って以降、彼はひっついても邪魔だと言わなくなった。鬱陶しそうな顔こそされるが、照れ隠しだと分かっている俺には痛くもかゆくもない。
「……中入ろうぜ」
「……おー」
俺の腕を解いてワイシャツの心臓の辺りをクシャリと掴む奥に、苦笑いする。真っ赤な耳をそっと撫でると背がびくりと震えた。余裕がなくなって逃げだしたというところだろうか。逃がしてやるのは今の内だぞという言葉は飲み込む。わざわざ親切に教えてやることでもあるまい。
「なぁ、お前にとってのヒーローって誰?」
唐突な言葉に奥は目を瞬かせる。それから口をつきだしながら真剣に悩み始める。
「父さん?」
「……ファザコン」
「うっせ」
そういうお前は誰なんだという問いに緩く微笑む。そんなもの、考えるまでもない。俺のヒーローはずっと一人だけだ。
『助けてくれてありがとう、俺のヒーロー』
奥の顔が染まる。あぁ、赤がチラついて止まらない。
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