短編
昔話を聞かせて
 勇者選定の儀は十五分後に始まります、という張り紙に息子は肩を強張らせた。先ほどからずっとこの調子なのだ。

「よぉ! 勇者殿! 腕の怪我はどうだ?」
「お陰さまで。随分良くなったよ。ケビンこそ店の方はどうなんだ?」
「新商品がヒットしてね。中々繁盛してるよ」

 腕の怪我が原因で勇者を引退してからというもの、怪我の具合は挨拶とセットになりつつある。もう随分と具合は改善しているので心配は要らないのだが、引退というのが大きな衝撃を与えたのだろう。人々の新しい挨拶は広まる一方だ。

「ジョセル、今日は勇者の選定にチャレンジするのか? 親父さんも勇者と呼ばれてたからそれのせいかい」

 揶揄うケビンに息子のジョセルが顔を上げる。

「違う! 俺を父さんと一緒にするなっ! 俺は、俺はちゃんと勇者を最後までやり遂げてみせる! 魔物を駆逐するんだッ」

 服を掴み食って掛かったジョセルに、ケビンは呆気にとられた顔をする。

「……魔物を?」
「そうっ、魔物を!」

 ケビンが俺に咎めるような目を向ける。言ってなかったのかと言いたげな彼の目に、俺は思わず項垂れた。

「ジョセル……」
「なんだよ、止めたって聞かないからなッ」

 最初に言いだした時に反対したからか、ジョセルは頑なに俺の話を聞こうとしない。こうなってはもうお手上げだった。

 実のところ、俺は先代勇者だと崇められているが教会が定めた正式な勇者ではない。というのも理由がある。今の世界には、魔王は存在しない。よって魔物の統率というものは皆無であり、各々が勝手に暴れまわっている状態なのだ。魔物による被害は寧ろ魔王が発生してからの方が少ないくらいだ。

 そんな状態を放っておけなかった俺は魔物を狩り壊滅寸前の村々を助けに回るボランティア活動を開始した。その活動が人々に認知され、「勇者」と謳われるようになったというのがことのあらましである。

 一方で教会が定めた正式な勇者も存在する。これは、伝説の勇者が時代とともに形骸化したものである。伝説の勇者というのはそれこそ魔王を打ち倒す旅をするような男のことだ。ここ数世紀は魔王も出現していないため、その慣習だけが脈々と受け継がれているのが現状だ。

 この広場で行われる勇者選定の儀はいわゆる正式な勇者の方である。さて、形骸化した勇者が何を国に求められるかというと端的に言えば王女との結婚だ。

 形骸化してはいるものの儀式により選ばれた勇者はそれなりの実力を持っている。そのため優秀な子孫を残すための道具になることが正式な勇者の任務であり責務である。

 くだらない任務であるが、未だ勇者としての地位は社会的に高いところに位置している。実力さえ伴えば後はのらりくらりと自堕落に暮らせる勇者は中々の人気職だ。

 世間一般は勇者と聞けば、まず教会の勇者を思い浮かべる。俺のように伝説の勇者の意味合いで「勇者」と呼ばれている方がイレギュラーなのだ。しかし幼いジョセルは世間一般を知る前にイレギュラーを知ってしまった。彼の中で勇者といえば「魔物を狩り人々を守る職業」なのだ。

 ケビンは俺が当てにならないと判断したのか、顔を顰め、おもむろに懐に手を突っ込んだ。ぎょっとしたジョセルは一歩身を引きケビンを警戒する。

 ケビンは懐から手を出した。手には栓抜きが握られている。

「ジョセル。手を出せ。これを手に取ってよく見ろ」
「……え。今懐から取り出したやつじゃないか。なんか……汚れてるし、嫌なんだけど」

 気持ちは分かる。

「失礼だな……。これはな、俺の亡くなった妻の形見だ」
「……栓抜きが?」

 訝し気にジョセルは聞き返す。

「そうだ。俺は以前は妻と二人で酒屋をやっててな。俺が厨房で、妻がホール。美人だったから、あいつが酒の栓を抜いて回るとお客は皆大喜びしてな……」

 ケビンの目は懐かしそうに細められる。そうだ、そんな居酒屋は教会の連中によって焼かれたのだ。酒を独占したかった教会の連中が酒屋を閉じるように脅してきた。それをケビン夫妻は撥ねつけたのが原因だった。

「いいか、勇者ってのは色々あるんだ。例えば、お前が今から受けようとしている教会の勇者。これは、この栓抜きを」

 ケビンが栓抜きを地面に落とす。彼はそのまま足を上げ、それを踏むような仕草を見せる。

「あっ!」

 ジョセルは慌てて地面に張りつき栓抜きを庇った。ケビンは、持ち上げた足で栓抜きを踏みつけることなく、すっと足をもとの位置に戻す。

「……教会の勇者は、これを平気で踏みつける。そういう奴らなんだ。誰かを守る気なんざありゃしねぇ。なぁジョセル。カミさんの形見、守ってくれてありがとな」

 ──お前の父さんも、お前みたいな勇者だったんだぜ。

 ジョセルの目がまっすぐこちらに向けられる。子供の純真な憧れの目は俺をひどく居心地の悪い気分にさせる。身じろぎする俺をケビンは豪快に笑い飛ばす。

「ジョセル。お前は栓抜きを守ってくれた。お前はもう俺にとって勇者だよ」
「……ホントに? 僕は、守れてる?」

 ケビンの言葉に頑なだったジョセルの態度が緩和する。

「もちろんだとも」

 ジョセルが嬉しそうに笑うのを見届け、俺はようやく肩の荷が下りた気分だった。ジョセルは兄か心境の変化があったのか、もじもじしながらケビンに話しかける。

「ねぇ」
「なんだ?」
「あのさ、父さんが、その形見を守った時の話を聞かせて」
「あぁ、いいぞ。俺が酒屋をやってたことはさっき話したな? その酒屋が──」
「オイオイ待ってくれ。気恥ずかしいからやめろ頼む」

 ケビンの昔話はまだまだ続きそうだった。



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