短編
使用人からの手紙A
 さて君よ。

 糊を剥がして手紙は破れていたりしないだろうか? 安心したまえ。大事な言葉は破れてしまうだろうからこの手紙に書かないと決めているのだ。

 それにしては表の手紙にハッキリとした言葉は書いていなかったと気づいたなら今日の君は冴えているな。うむ、まぁそうだ。破れてしまうだろうがこの手紙には大事なことしか綴らない。

 それで仮に愛の言葉が破れて読めなかったとしても私の責任ではない。少々糊が出過ぎただけだ。偶々その言葉の上に沢山出てしまっていたとしても運が悪かったとしか言いようがないな。うむ、せっかく書いたのに読んでもらえないとはいやはや残念だ。

 捻くれ者と言いたくば言いたまえ。君という奇特な女性と付き合っている時点でそんなことは周知の事実。否、旦那さまに知られるとお叱りを受けてしまうから周知されるのは困るのだが。まぁ、そんなことはいい。良くはないが、この際どうでも良いことだ。本題に入るとしよう。

 あの日、旦那さまに婚約者の存在を教えられ酷く憔悴した君。手をそっと握ったら振り払われたことは記憶に新しい。無論、君も覚えていることだろう。あんなに痛そうな顔をした君を見たのは久方ぶりだったな。

 君は同情されるのを嫌うというのをうっかり忘れてしまった俺が悪いといえば悪いのだが。

 三つ、君は勘違いをしているようだ。
 一つ、そもそも俺は同情など君にはしていない。ただただ馬鹿だとは思う。

 二つ。俺は確かに一使用人だ。旦那さまに雇われている存在だ。なぁ君、忘れているだろう? 俺の主人は自分だと豪語したくせに心の何処かで俺の主人は旦那さまだと思っている。全く酷い主人だな、仕え甲斐なんてありゃしない。

 最後、三つ目。
 君の手を取って俺が何をしようとしていたのか。豪胆だがそれでいて育ちのいい君は気づかなかったらしい。俺はあの日、君を拐かそうとしたのだ。それを同情? 君は些か俺を甘く見過ぎではないだろうか。

ところで君、静岡は暖かいところだな。留守番にはちょうどいい気候だったろう。

 浅慮な君はどうせ気づいていないだろうから言わせていただこう。君、郵便物が届いたならば切手が貼られているかくらい確認したまえ。確認していないだろうと取り敢えず説教をしてみた。気づいていたならこりゃ失敬。

 生きにくいと泣くくせに助けを求めず死にたくないと笑う? それほど追い詰められているのに笑うな馬鹿者。素直に助けを求めてくれた方がこちらも心安らかに過ごせるというものを。

 アベコベな君に朗報だ。
 君の婚約者はこの二ヶ月の間になぜか失踪し、不思議なことに君は家を出ることを許されたらしい。ついでに君のお付きの使用人も解雇されたらしいがそれはどうでもいいことかな?

 呼ばれずともその使用人は君を助ける心構えであるらしい。いい使用人に恵まれたではないか。いやはや、本当に素晴らしい使用人だ。

 さて君よ。
 最初にも聞いたことだが再度問おう。
 少しは生きやすくなっただろうか。



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