短編
使用人からの手紙
 生きにくいと泣きながら死にたくないと笑うあなたへ

 どうでしょう、静岡に越して二ヶ月が経ちましたが少しは生きやすくなりましたか。手紙の冒頭としては些か相応しくないと不平を言う姿が想像できますがどうかご容赦を。私だって嫌味を言いたくてこんな宛名にしたわけではないのですから。まぁ、冗談ですが。

 文句の一つも言いたくなることくらいは流石にお分かりでしょうね。
 全くあなたには困ったものです。助けて欲しそうな顔ばかりしているくせに頑なに悲鳴を聞かせまいとする。

 誰もが素晴らしいと賞賛するあなたの欠点を私は幾つだって挙げることができますが、あなたが酷く捻くれていることはその一つと言えるでしょう。無論、本当に言いたいことほど茶化して誤魔化す悪癖は言わずもがなです。

 散々苦情を申し立ててしまいました。口煩いと怒られそうなのでそろそろ説教はおしまいにしましょう。冒頭でも伺いましたが、どうですか。楽にはなったでしょうか。

 あなたは私を偽善者と言い手を払いましたね。お忘れでしたらそれで結構です。その方が私としても喜ばしい。ですがあなたは覚えていらっしゃるでしょう。あの日あんなに痛ましいお顔をなさったあなたであれば。

 許すという立場に私はありません。えぇ、それはあなたもご存じでしょう。私はあなたに仕える一使用人。ですから、許すとは申しません。そんなおこがましい事私にできるはずもありません。

 ですから、申し上げます。私は確かに偽善者でした。あなたが正しい。私はそう思います。そう考えるべきなのです。

 さて、もしかしたらこの手紙の裏には軽く糊付けされた手紙が同封されている、なんて頓狂なことがあるやもしれません。仮にあっても決してお読みになりませんよう。一使用人の立場から申し上げられるのはここまででございます。

 それでは静岡にてごゆるりと。

 敬具

 うっかり手紙の裏に糊をつけてしまった一使用人より



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