BL短編
たとえ擦り切れようとも
 滅び行く王国の中で、来世こそはと小指を絡めた。王子と騎士、主従の関係で決して結ばれることがないと分かっていた。王子だけでも逃がすことができたら、死にゆく身なれど自分のことを誇りに思えただろうに。伏した格好のまま目を動かせば、僅かに離れた場所で王子も背を丸め床に倒れ込んでいた。
 ああ、トゥアルフ様。賢い、美しい、俺の王子様。第二王子ながら優秀だったあなたは貴族に後押しされ皇太子の座に就かれた。第一王子の勢力と第二王子の勢力が争い、第二王子側が勝利を収めた形だ。王が貴族の顔色を伺い、トゥアルフ様を次の王様にすると決めた。政治が全てそんな調子で進められたため、この王国は自ずと貴族本位な国になっていった。王国の民は次第に疲弊し――、声を上げた。我らの自由を取り戻せと城に火を放ち、騎士達に武器を振るっている。薄れゆく意識の向こう側では、炎の迫り来る音と同僚の死にゆく声が聞こえる。

「トゥアルフ様」
「……、エイト」

 エイディストゥスの愛称。常であれば周囲の目を気にして「お控えください」とお伝えするところだが、どうせ今から死んでしまうのだ。一体何を気にしようか。今思えば、トゥアルフ様が自由にできることなんて何一つとしてなかったのかもしれない。エイト、エイトと愛おしそうに俺を呼ぶトゥアルフ様に、手を伸ばす。

「アル」

 トゥアルフ様が破顔する。彼の愛称を口にしたのは、これが初めてだ。こんなに嬉しそうに笑うなら、もっと呼んで差し上げるんだった。後悔してももう遅い。炎は目の前まで迫っている。

「幸せ、だ。エイトに名を呼んでもらえて、共に死ぬことができる」

 限りなく不遇な我が身を嘆くこともなく、心底幸せそうなトゥアルフ様に堪らなくなる。絡めたままの指に口づけを落とし、咆哮を上げる。

「来世こそはッ、あなたが自由に笑って過ごせるようにッ、必ずっ、必ずお迎えに参ります!!」
「……ほんとう?」

 トゥアルフ様の口角が持ち上がる。約束だよ。そうして、王国はたった一晩の内に炭と化した。

 なんてことがあった。お迎えに参りますと宣言したエイトこと矢沢栄登だが、正直今日に至るまでそんなことは忘れていた。人間死んで生まれたらその前のことなんて忘れているもんである。なんならアラサーに足を踏み入れてからは昨日の夕飯が何だったかさえも朧気だ。

 思い出したきっかけは、数年間の海外勤務から日本に帰国し、実家に戻ったことである。ちょうど姉も来ているのだと久方ぶりの息子の姿に頬を緩めた母に紹介されたのは、幼稚園に入ったばかりの甥っ子だった。スマホに写真が送られてきたことがあったものの、対面するのはこれが初めてである。まずは何て声をかけようかと頭を悩ませたのも束の間。記憶の濁流が脳を襲い――今に至るという訳だ。

 王子は覚えているだろうかだとかそもそも年の差と言えるレベルじゃねぇだとか思っていたより近くにいただとか。思うところは色々とあったが、母や姉の前で口に出せる話題でもなかったのでアワアワと言葉にならない声が出るのみだ。チラリと王子を伺うと、どこか前世の面影を感じさせる黒い眼がにっこりと笑みを作る。

「はじめまして、えいとおじちゃん! ぼく、とよはるっていいます! おじちゃんに全然あえないからぼく、ずっとあえるのをたのしみにしてました! これからよろしくおねがいします!」
「は、はじめまして……すごく……、しっかりしてるね」

 すごくお怒りですねという言葉を飲み込むのになんとか成功した。前略、王子は覚えているのかと考えていた俺へ。王子は覚えておいでのようです。草々。

 じゃれつくように俺の首に抱きついた王子を見て姉が「あら、豊春ったらすっかりおじちゃんっこね」と笑っていたが、迎えにくるのが遅いあまり首をぎゅっと絞められるのかと思った。よかった、命があって。

「そんなに仲良しだったら、二人に留守番を頼んでもいい? 私とお母さんで今晩の買い物に行ってくるから」
「うん! ぼく、えいとおじちゃんとまってる!」

 小さなおててを振って見送る王子。おかしいな、前世の王子はもっとこう、儚げというかか弱そうというか幸薄そうだった気がするんだけど。いや、今の王子も強かそうでかわいいのは間違いないが。

 二人きりになるやいなや、王子が助走をつけ俺に飛びかかる。足を掬われバランスを崩した俺は、当たり前のように上にのしかかる王子に顔を引きつらせた。

「と、豊春く〜ん? おーい、春く〜ん……?」
「お前に愛称を呼ばれるのはこれで2回目かな?」

 死に際に1回、今で2回目。
 がらりと話し方を変えた甥っ子にやはりと息を詰める。言葉の端々から感じる圧から察してはいたが、豊春くんは王子で間違いないようだ。

「お久しぶりです、……トゥアルフ様」
「なんだ、春くんでいいのに。栄登くん

 王子が床へ押しつける腕に力を込める。十にも満たない子供の拘束など振りほどこうと思えばたやすいが、それをするともっと怖いことが起こりそうで逃げられそうにない。かつて騎士だったとは思えない体たらくだ。

 王子は笑みを深めつつ俺の股間に手を伸ばす。ジジジとチャックの降りる音がした。……まさか。

「トゥアルフ様、まさか」
「久しぶりに会った恋人に欲情するのはおかしなことか?」
「幼稚園児の姿で欲情とか言うのやめていただいてよろしいですか」

 俺の訴えに耳を貸すことなく、王子は事を進める。俺の耳を甘噛みする王子にまずいと体を強ばらせた。

「トゥアルフ様、俺そんな、困ります」
「俺に愛されて、何が困ると言うのだ」
「つ、捕まってしまいます……っ!」
「俺の籠にか? 捕まって、溺れればいい」
「ちがっ」

 トゥアルフ様、あなたに捕まると俺は警察にも捕まってしまうんですよ……!

 俺の唇を吸い、局部を足で刺激してくるトゥアルフ様をやんわりと押しのける。そのまま向かい合って床に座らせると、幼い顔が不満げにこちらを見つめる。流されては俺の人生も木っ端みじんだ、我慢。

「トゥアルフ様、よく聞いてください。あなたはまだ幼くご存じないとは思いますが、この国では成人した者が未成年と淫行に及んだ場合、刑に処されます。前世があろうと、なかろうとです」

 トゥアルフ様の表情が愕然としたものになる。そりゃそうだ。やっと自由に想いを告げることができるようになったと思えば、今度は法に許されない関係になってしまったのだから。幼稚園児のショックを受けた姿に、まるでいじめているかのような罪悪感が生まれるが、これは二人の将来を守るためには必要なことである。

 暫く黙っていたトゥアルフ様だったが、姉たちの乗った車が帰ってきた頃になってようやく「なるほど」と一言声を漏らした。分かってくれたかと顔を上げたのも束の間。立ち上がったトゥアルフ様が俺の顔を掬い唇を落とす。

「つまり、お前が我慢をしたら問題ないな。ばれないよう気をつけろよ、栄登」

 奪われた唇に触れ、呆然とする。遠くの方では姉と甥っ子がじゃれる声が聞こえた。なんだって? えいとおじちゃんと毎週会いたいだって? じゃあ栄登の都合のいい日に栄登の家に遊びに行こうかだって? 私もちょっとした休暇になるし、だって?

 本人のいないところで進められる予定に、いつ頃俺は警察にお世話になってしまうのだろうと頭を抱える。頼むからそんな日は来ませんように。疼く欲を無視しながら、俺はそっと未来に願った。





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