BL短編
仔羊部に会長が告解した話
「アーメンアーメン言うだけの楽なお仕事に戻りたい……」

 書類を整理する手を止めぼやく俺に、会長は片眉を上げる。

「オラ、さっさと書類分けろ。進まねぇ」
「うわー、偉そうで腹立つなー」

 文句を言いつつも、はいと書類を手渡す。パソコンで入力してから出力して手書きで記入、って面倒だから全部クラウド処理にしたらいいのに。これを一人で片付けていたのかと思うと頭が下がる。

 会長は俺から書類を受け取ると、溜息をつき熊谷(クマガヤ)志雄(シオ)と記名する。

「会長ー。俺そろそろミサをしなくちゃいけないんで帰ってもいいですかー」
「お前そんな熱心に活動してなかっただろうが」

 会長は不服そうな顔をし黙り込むも、いいよ、と返事をする。偉そうな彼らしくもない静かな許可に、俺はうっと言葉が詰まる。なんだ。許可が出ると思わず適当な理由をつけて言ったのに。その言い方は、ずるい。バカ、許すわけねぇだろとかなんとか。そんな風に切り捨てるかと思った。忘れていた事実を思い出す。彼は、他の役員に裏切られたのだと。

 スマホを取り出し、耳に当てる。ふむふむと頷き、わっかりましたー、と返事をする。スマホをしまい、唖然とこちらを見ている会長に向かって言う。

「……神様からミサのキャンセル依頼がきたので。特別ですよ」

 ほーら追加のお仕事ですよーと書類を渡すと、会長は微妙そうな顔になる。

「……随分と都合のいい神様だな」
「あったり前でしょう。都合のいい時にしか俺は祈りません。テスト前とかね」

 書類を再び分けはじめた俺に、会長は笑う。

「確かにそう、言ってたな」

 怪訝に思い、顔を見やる。俺がこんなことを言ったのは初めてのはずだ。少なくとも、会長相手には。

 俺の視線に気づいた会長は、記名の手を止めることなく覚えてるか? と呟く。

「噂なんて案外アテにならないものですよ」

 会長から出るはずのないそのセリフに、俺はえ、と声をこぼす。思い出すのは、あの、バカみたいな時間を過ごした、放課後のこと。俺はまさか、とその日のことに思いを巡らせはじめた。

***

 その日は、念願のオモチャが手に入った日だった。カシャカシャとスプレー缶を振り、いざと意気込んだその時。すみません、という声が窓口の方から聞こえる。今日に限って、と舌打ちしたい気分を堪え、俺は窓口のカーテンを開ける。パーテーションの向こうにいる生徒は背が高いのか、頭のてっぺんの髪の毛が少し覗いていた。

「哀れなる仔羊。あなたは何にお悩みですか」
「そうですねー。優秀すぎて困っちゃうなーとか、モテはするけど好きな人ができないなーとかかなー、なんて」

 ふざけたことを話す声は、風邪でも引いているのか嗄れていた。

「はーん、なるほど。頭を強く打ったら頭も顔も多少劣化するんじゃないですかね」
「痛いじゃないですか、やだなぁ」

 ワガママなやつだ。俺の遊びを邪魔したばかりでなく痛いのが嫌だとは。俺はふむ、と考えを巡らせる。ふと、手に持ったままだったスプレーの存在に思い至る。

「あ」
「……あ?」

 うん、この方法なら俺も楽しい、コイツの悩みもまぁ、解決してる気がしなくもないような気がする。多分解決してないがまぁいい。だって俺が楽しいから。

「今からある道具を渡します。使ったら返してくださいね。俺も使いたいので」

 ひょい、とパーテーションの上にスプレー缶を渡すと、「ヘリウムガス?」という声がそれを受け取る。

「そう、ヘリウムガス。それを使ってみんなの前で話せばドン引き間違いなし。演説でもしたら好意を寄せてる生徒も真っ青!」
「……おお?」

 何言ってるかよく分からない、といった口調の返事に、目をくわっと開く。

「ちょっと! 声そのままじゃないですか! 早く使って! で、俺に早く使わせて!」
「自分が使いたいだけだろ……」
「そうですよ!??」

 溜息混じりの笑い声の後、シューというスプレーの音が続く。いいないいな。俺も遊びたい。

「使いました?」
「使ッタ」
「っひゃひゃひゃっは、へへは!」

 甲高い声に、大笑いする。涙が出るほど笑った後、俺も、と返されたスプレーを使った。

「ドウデス、コレ完璧デショウ! 非モテ街道マッシグラ!! 頭悪ソウ! ドンナ優秀サモ変ナ声で打チ消シ!」
「高イ声デ、力説スルナ」

 そう言う来訪者の声も笑いを含んでいて、もう何もかもがおかしかった。普通に喋るだけで笑える。ヘリウムガスは、二言も喋ると、元の声に戻った。なんだ、それくらいしか持続しないのか。

「じゃ、もうこれで解決ってことで、へはっふふふ」
「お前馬鹿だろ」
「うるせーですよ。……あなたに神の恵みのあらんことを」
「こんなおざなりに祝福されたの初めてだ」
「これくらいなもんでいいんですよ。俺、テスト前にしか祈りませんもん」
「適当な」

 自分も相当に適当な相談をしにきたくせに。そう思うも口には出さない。出さなかったのに俺の言いたいことに勘付いたのか、コンとパーテンションを手の甲で叩かれる。ちっ、勘のいいヤツめ。

「生徒会役員とかも、あんな声で式辞とかしてくれたらいいのに」
「……なんでだ」
「いやー、普通の声で長ったらしい話されると寝ちゃいません? 会長の挨拶と風紀委員長の挨拶、まともに起きてた試しありませんもん」
「ほーぉ?」

 あれ考えるの結構大変なんだぞ。文句を言う来訪者に、壇上に立つ機会でもあったのだろうと想像する。そりゃ話す内容を決めるのが大変であることは分かる。だが起きてそれを聞くのもなかなか大変なのだ。説明するも、来訪者の声音はどんどん低くなっていく。なんでだ。

「──会長といえば、変な噂が流れてるな」
「噂ぁ? ああ、あのセフレが〜とか、仕事をせずに〜とかですか」
「それだ。実際、どう思う?」

 不思議とひそめられた声に、うーんと唸る。

「……噂なんて、案外アテにならないものですよ」

 パーテーション越しの沈黙に耐えかね、あわあわと説明を紡ぐ。

「仔羊部だって、伝統ある〜とか、カトリックである我が校の気質を継承する〜とか言われてますけど、実際はこんなですし。お悩みを一応は解決してますから熱心に活動しており〜とかも言われてますけど、やっぱりこれも見ての通りですし」

 仕事なんてまるでしてない我が部が活動熱心と称えられているのなら、逆もまた然り。仕事をしていないとか言われてる会長が仕事をしてることだって十分ありうると思いますけど。

 俺の言い訳めいた主張に、来訪者はまた、沈黙を返す。え、もしかして帰った? 違うよね? いるよね?

「……なるほど」

 不安になった頃、ようやく返事が返ってくる。まだいたことに安心し、俺はホッと息を吐く。

「有意義な、答えでした。仔羊部さん、ありがとうございます。お陰で悩みも一つ、解決しました」

 何相談されてたっけ。ヘリウムガスが楽しかったことしか覚えてない。思い出せないながらに、よかったです、と返事を返す。よしよし、コイツが帰ったらヘリウムガスをもう一回試してみよう。パーテーション越しの彼は、帰る支度をいそいそと始める。そして、スプレー缶の説明欄を読んでいる俺に、ポツリと言った。

「覚悟しててくださいね」

***

 ……つまり、あの不穏な一言を残し去っていったのが今目の前にいる会長だということだろうか。やっべー。俺いつも式辞の最中居眠りしてるとか言っちゃったよ。そりゃ怒るわ。

「で、どうする。次の全校集会の挨拶だがヘリウムガス使ってやるか」
「俺のせいで評判悪くなったら嫌なんですけど」

 ニヤリと笑い言われた言葉を切り捨てる。会長は、どこか嬉しそうに口の端を釣り上げ笑う。

「ほーぉ? 俺の評判が下がると嫌か」
「そりゃあそうでしょう。罪悪感半端ないじゃないですかって、待って、近い近い」

 いつの間にか俺の方へ寄り顔を近づけてきていた会長の顔をぐっと押しのける。

「……なに? 何か用ですか」
「覚悟しとけって、言ったよな?」

 会長は俺が顔の前に出した掌に、ぎゅうと口を押しあててくる。近い近い近い。あ、ちょっといい匂い。じゃなくて。

「何を覚悟しろってんですか」
「……分からないか?」

 こんなに顔を寄せられても?
 会長は俺の目を見ながら掌に唇を走らせる。

「、っ」

 え、なにこれ。掌がぞわぞわする。

「ちょ、気持ち悪いから。ぞわぞわするからやめて会長」
「ぞわぞわ、ねぇ」

 会長は片眉を持ち上げる。そしてチロ、と舌先を出し俺の掌を舐めはじめた。指先に電気が走ったかのような痺れが生まれる。

「へぁ、んっぁ、ちょっとッ!」
「気持ちいいの間違いだろ」
「、うるっせーッ!!」

 舌が止まった隙に手を引き抜き、叫ぶ。

「馬鹿! ホント馬鹿! こんなんだからありもしねー噂立てられんだよばぁぁぁか!」

 はぁはぁと肩で息をする俺とは対照的に、会長は涼し気な顔をしている。なんだ、腹立つな。

「……お前は、その噂が本当だって一回も信じたことないんだな」

 こんなことされても。
 言われた言葉に、声が詰まる。そういえばそうだ。なんで俺はこんなことされてもなお会長の噂が嘘だと思っているのだろう。いくら考えても答えは出ない。にもかかわらず会長がそんなことをする訳がないという根拠のない信用だけが心に残った。自分で自分が分からず、頭が混乱する。なんで、なんでと駄々っ子のように繰り返す俺の思考に答えたのは会長だった。

「お前、俺のこと好きだろう」
「……は?」
「好きでもない生徒会の仕事をなんだかんだ手伝ったり、俺のこと無闇矢鱈に信用したり。俺のために心を痛めたり。そういうの、全部さ、」

 ──好きだからだろ。

 告げられた言葉に、反射的に蹲る。混乱の増した思考が暴れないよう、押さえつけるように頭を抱える。

「待って待って待って。確かに会長のしゅんとした顔に弱いしいい匂いだなーとかも思うけどえ? 好き? いやいや待ってホント待って」

 面白いものを見るような目付きで会長が俺を眺めていることにも気付かず、俺は必死に自分の心をトレースし検証する。トレーストレーストレーストレース……あ。

 しゅるん、思考が収束する。ちらり、会長を窺う。会長はなぜか得意げな顔をしこちらを見ていた。

「な?」
「……うっそぉ」

 首まで真っ赤な自信がある。火照った耳はじりりと熱い。どうしようもなく火照る体を早く冷ましたくて、パタパタとシャツを煽る。

「佐原、誘ってんのか」
「っはぁ……? え、ちょ、舐めるなっ、ぁ」

 首筋を舐められびくりと肩を竦める。シャツを捲り上げ手を突っ込まれる。手首を掴み、会長に向かって首を振る。会長は大人しく手の侵入を止めた。

「佐原」
「……や、」
「|隼人(はやと)」

 俺に、絆されて。
 囁きに、脳が泡立つ。馬鹿じゃねぇの。そう言うはずの口は、なぜか小さくうんと言った。

***

「も、無理……やだ……」

 胸に吸い付く会長。片手で後ろを解しながら胸を弄ぶ会長に、情けない気持ちになる。男なのに何が悲しくて胸を弄られねばならんのだ。舌先で飾りを転がしたり、歯の先でちくりと虐めたり。しつこいな、と思う自分とは裏腹に「あん」と快楽に溶けた声が口から洩れる。最初は出すまいとかみ殺していた喘ぎ声は次第に大きさを増していく。食いしばっても口の隙間から声が出る。散々弄られた乳首は、心なしか腫れている気がした。会長の舌が腫れた熱の表面を擦る。びりりりり。神経を直接撫でたかのような刺激に涙が出る。

「んあぁぁ、うぁ、もうやだ……あっ、んー」

 気持ちはいい。が、乳首だけではイクにイケない。強いにもかかわらずイケない快楽など辛いだけだった。

「……っは、隼人、好きだ」
「え?」

 びく、震える中心から白濁が出る。びくびくと背中が痙攣する。なんで急に。興奮で息を荒めていた会長は、俺の痴態に目を細め、俺の汗ばむ額についた前髪をかきあげた。冷たい指先に、は、と息を吐く。

「今の聞いた瞬間にイクのは反則だろう」
「なに、言って、んぅ」

 不可解さに会長を見やるも、唇を弄ばれ問いただすことができない。唾液の温かさに舌が溶ける。口の輪郭が溶け、一つになるような感覚。ぁ、と喘ぐたびに口の端から唾液が零れた。つ、と顎の先まで唾液が伝う。

 後ろの刺激に、変化が訪れた。気持ち悪く圧迫感のあるだけだったはずのそれは、視界がスパークするかのような快感をもたらす。泣き声のように濡れた喘ぎ声が、喉の奥から漏れ出る。

「ひゃあぁぁん、あああっあ゛あ゛ッ」
「気持ちいいか?」
「んんぁっ、んーああぅ、や、」

 答える余裕もなく、快楽を逃がそうと体を捩る。声が掠れてきた頃、よし、という小さい声が聞こえた。

「挿れるぞ」

 一方的な宣言の後、ぐっと圧力が押し入る。チカチカと飽和する快楽。少しずつ開かれていく体内。抽送にびりびりと痺れる足先。膝裏に汗が溜まる。ちゅぷん、という水音がやけにうるさい。
 会長が俺の片足を肩に乗せ、抽送のスピードを上げる。熱を的確に突かれ、腸が会長を締め付ける。

「…っ、」

 肩を震わせるも、会長は抽送を続ける。不意に胸の飾りに手が伸び、摘まみあげられる。びくん、背中が反りかえり、足の指先が快感に耐えるように丸まる。きゅぅぅ、腸が痙攣し、会長にピタリと寄り添う。会長もイッたのか、俺の腸の中でぴくぴくと震えた。は、という二人の荒い息遣いだけが室内に響く。

「……は、マジで狼じゃん……」

 俺が呻く。会長は今更と笑い飛ばした。



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