どうぞ。招くと来訪者は目の前の椅子に腰掛ける。顔はパーテーションで遮られており、伺い知ることができない。
「哀れなる仔羊。あなたは何にお悩みですか」
決まり文句をそれらしく言うと、来訪者は手を組み合わせ話し出す。さながら敬虔な信徒のような素振りに、俺は内心肩を竦めた。こいつ、真剣にこの場に座ってやがる。
仔羊部とは言っても名ばかりで、その実態はただ飲み食いするだけ。活動内容は告解を聞くこと。まぁ、お悩み相談だ。キリスト教系である我が高校の、由緒正しい部活……で、あるらしい。その、由緒正しい部活の部員は、現在俺、佐原隼人(ハヤト)一名のみである。なんてこった。
伝統ある部だからと取り潰す訳にもいかず、例外的に生徒一名での活動が許されている。ありがとう伝統、俺のオアシスこんにちは。
……まぁ、そんな有り様である仔羊部に来るのは精々冷やかしくらいで。つまり、まともに相談なんて乗った試しがないのである。目の前の来訪者に、俺は面倒臭さをも感じていた。
そんな俺に気付くことなく、告解は無情にも始まってしまう。
「実は最近仲間だと思っていた人物に裏切られまして……」
いきなりハードだな、と引きつつ相槌を打つ。
「友人たちはその、責任ある立場についていたので、俺は仕方なくそれらを全て請け負っているのです……」
しかも複数人に裏切られたのかよ。責任ある立場の人の仲間割れって最近聞いた話だな……。
ほんのり来訪者の正体に心当たりがあったが、俺は気づかないふりをする。仔羊の正体を探るのはタブーだ。何より、言い当てたところでロクなことにならない。もちろん、後者が本音だ。
「大体なんなんだあの転校生……! 器物破損は風紀の管轄だからいいとして、生徒会室で暴れやがるから堪ったもんじゃねぇ……。会長ってセフレいるんだろ?じゃねぇよいねぇわアホか。……あいつを消す方法とかないですか?」
んんん。全然正体が隠れきってないなー! 生徒会長だよねー!? 会長ー??
あまりの隠す気のなさに困惑しつつも、俺は小麦粉を差し出す。
「…? これは?」
「これを奴のいる部屋に撒き散らし、……こちらを」
ことり、とライターを置く。
「……使いますと粉塵爆発が起きます」
「なるほど、これで楽になれると。事故を装ったほうがよさそうですね」
……あ、あれ? ジョークのつもりだったんだけどこの人本当にやりそうだぞ??? っていうかこんな胡散臭い部に本気で助け求めてくる人がマトモなわけなかったわ。
百円ライターを後生大事に握りしめる会長に、大変なオモチャを渡してしまったと焦る。こ、これは殺人を唆した罪とかに問われるんだろうか。
「……冗談です。返してください」
ほらほら、とパーテーションの下に手を出すと、会長はその手をガッチリと捕まえる。
「……あの、」
「返すなんて、嫌です。だってこれさえあれば万事解決するじゃないですか。俺はもう一人で仕事をするのは嫌なんです」
「それ使ったら解決はしますけど、さよならバイバイまた来て来世になりかねませんし、万が一生きててもムショ行きですよ」
あと腕を離してくれ。
「……そんな。じゃあずっと一人で仕事をするんですか」
「リコールしたらいいじゃないですか」
「大切な仲間が帰って来るまで生徒会を守りたいんです!」
切々と訴えられ、弱りきる。腕を掴む手は、僅かに震えていた。
「……仕方ないですね。俺が、あなたの手伝いをしましょう」
言った途端、手の震えは止まる。するりと手に指を絡められる。ぎょっとし身を引こうとするも、がっちり繋ぎとめられた体はそう後ろには逃げられなかった。
「……言ったな?」
カチ、と硬いボタンを押し込む音。続くノイズ混じりの俺の声。
『俺が、あなたの手伝いをしましょう』
「あんた……っ!」
手を振り払い、思わず立ち上がると、パーテーションの上から会長と目が合った。睨む俺を意にも介さず、会長はニンマリと笑う。さっきまでのしんみりとした訴えはなんだったんだ。
「──じゃあ、手伝ってもらおうか。佐原隼人」
「なんで名前……」
「カイチョー様だからじゃね?」
軽薄そうな口調でへらへらと答える会長に項垂れる。なんだよ。最初から俺に手伝わせる気だったってことか。回りくどいやり方しやがって。口の中で文句を言うと、ん? と笑顔を向けられる。
言うこと聞かないってか。笑顔に込められた無言の圧に耐えかね、へらりと笑う。逃げ場はなさそうだった。
「さすが仔羊部! 道に迷ってる俺のことも助けてくれるんですね!」
「その胡散臭い口調やめろや……」
はぁ、とため息をつき、気持ちを入れ替える。真面目な顔を作り、会長の頭に手を乗せる。会長はハ、と息を飲んだ。
「あなたに神の恵みのあらんことを」
父と子と、精霊の御名によって。右手で十字を切り、手を組む。アーメン、と言う声はいかにもそれらしく聞こえた。
「ハイ、一応お決まりの文句も言ったんで終わりでいいですかねぇ」
さっさと相談室を閉じたい。そして最後のオアシスを謳歌したい。
しっし、と追い払う。
「仔羊に対して冷たいなぁ」
「アンタのどこが仔羊ですか狼のくせに」
さながら狼と七匹の子ヤギのごとく。
「よぉく分かってんじゃねぇか」
狼はうっそりと笑う。この言葉の意味をしっかり考えていたら。
そうだなぁ、小麦粉を押し付けたまま逃げてたかもな。後悔しても、もう遅いけど。
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