「うっは〜、死にてぇ」
俺は屋上で一人伸びをしながらそう呟いた。いつも屋上でお昼を食べるのは、死にたいから。でも勇気がないからなかなか死ねない。それでも、いつかそのフェンスをよいしょって感じに越えられる日が来るんじゃないかと期待して毎日来ている。
ブーッ、ブーッ、ブーッ、と携帯が鳴った。表示を見れば、麻宮 陽〈マミヤ‐ヨウ〉とあった。陽は俺の双子の弟で、幼馴染曰く“王道転校生”であるらしい。ウザい方だけど、とも言っていた。
確かに、陽は幼いころに誘拐されて以来、俺たち家族に蝶よ花よと可愛がられて育てられたからかなり我儘だ。でも、辛い経験をしたのだと思うとなんとも言えなかった。
そう、辛い経験、だと思っていたんだが。
だから今まで無遠慮に触ろうとするやつらに、そういうのが陽は苦手だからやめてくれといってやっていた…のに。
兄の立場から見ても現在ビッチ全開で突っ走る陽は、そうやらお障りOKだったらしい。むしろ触ってどうぞらしい。
今まで陽を心配していた俺の苦労は、という感じだ。それどころか、…先に電話に出よう。これ以上待たせると後で首絞められる。
「……もしもし、」
『おいっ、灯〈トウ〉! もっと早く電話出ろよ! 俺を待たせるなんて最低だぞ!』
電話に出るなり聞こえた怒声にげんなりする。出て早々これかよ。あぁ、本当に死にたい。もうなんか面倒だ。
陽は、今まで心配していた俺の目を憐憫とでも思っていたのか、それとも自分に触れようとする輩を排除していたからか、あるいはその両方だろうか。俺のことを今や憎んでいたらしい。
今現在周りにいる取りまきを俺に見せびらかしては、俺に嘲るような目を向けて喜ぶ。我が弟ながら浅ましい。
というか俺と同じ顔でそんな汚い表情しないでほしい。自分まで嫌いになりそうだ。
ホント、あんなに大事にしてたのにな。今も世話させるだけさせといて下僕みたいな扱いしやがって。
ホント、めんどくせぇ。死にたい。
わぁわぁ喚く声を総スルーして、一つポツリと尋ねる。
「陽」
『なんだよっ、人の話は遮っちゃいけないんだぞっ!』
お前がいつもやっていることだ、というような不毛なやり取りはしたくないのでこれもスルー。
「お前、俺が死にたいって言ったらどうする?」
『簡単に死ねると思うなよ。俺が殺すに決まってんだろ』
僅かな逡巡もなく返ってきた声は、普段よりも数段低く静かなものだった。わずかながらに違和感を感じたがそんなこと今の俺には些細なことだった。俺はクスリと笑って言う。
「そっか〜。お前みたいなクソだけには殺されたくないなぁ、うん」
いやだなぁ、それだけは。うん、やっぱりお前に殺されるくらいなら自分で死のうって思えるよ。
「切りまーす」
俺の暴言に対する文句をベチャベチャとなにやら言っていたようだが、無視。
うん、やっぱり死ぬならこんな晴れた日がいい。
俺は笑ってフェンスに手を掛けた。
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