「にーちゃん、誰か来てたの?」
彼女をもてなすために出したお菓子やお茶の片づけをしていると、弟の翔〈カケル〉がひょこっとドアから顔を覗かせた。
「うわ、びっくりした。ノックくらいしろよ」
俺が咎めるようにそう言うと、
「にーちゃん、驚いても無表情だし、声に抑揚も出ないじゃないか…」
と、ぶうたれるように翔が言った。
…だからと言って驚いていない訳ではないのだよ。
「まぁ、それはともかく。誰か来てたの? もしかして彼女?」
からかうような調子の翔の声に、
「ああ」
と素直に答えると、翔の顔から表情が抜け落ちた。
「いつから? どっちから告白したの? どんな子?」
いきなり詰問口調に変わった翔に戸惑いながらも、質問に答える。
「さっき来てたのは、彼女。で、告白したのは、彼女から。…彼女、菜月っていうんだけど」
そこで少し照れて、話を区切る。
「なんだかんだ2カ月くらい前から付き合ってます…、うん」
それで今日やっと俺の部屋に招き入れたところだ。なかなか長い道のりだった。だって、「俺の部屋においでよ」とか下手に言ってドン引きされたら嫌だったんだよ。
「……、へぇ」
翔は自分から質問してきたくせに、どうでもよさそうな態度をとった。恥ずかしいながらに告白したのに、それはないだろうと少し苛つく。
「興味ないなら聞くなよ」
顔をフイと背けると、唐突に頬に柔らかい感触が降ってきた。それが翔の唇の感触だと分かったのは、翔が言葉を発してからだった。
「……祝福のキスだよ」
翔は、大人びた表情でフッと笑うと、抜け殻状態になった俺を放置したままに部屋を出ていった。
え、キス? 今俺、キスされたの?
「…アメリカン」
状況を理解することを放棄した俺の言葉は、かなり間抜けなものとなった。
◇
「にーちゃん、おはよう」
「……、はよ」
ついつい昨日の出来事が頭を過ぎり、返事が曖昧なものになる。翔はそんな俺の反応を楽しむかのような顔をした。
「……いってきます」
翔の反応を窺うのも面倒になってきて、気にせずに支度を進め、いつもの時間に家を出ようとする。翔は、そんないつも通りのことにも細かく反応してきた。
「そういえば、随分早く出るんだね。中学の頃はもっと遅かったじゃん」
高校の方が近いのにさ、と言う翔の様子はやはり昨日までとは異なる。何が、と言われるとよく分からないのだが。
「彼女を家まで迎えに行ってるんだ」
「彼女の家、学校と逆方向なの?」
「おう」
翔は俺の言葉に面白くなさそうな顔をし、フン、と微かに鼻を鳴らした。
「まぁ、彼女には秘密な。言うような機会はないだろうけどさ」
微かに頬を緩めると、翔の息を飲んだ音が聞こえた。それを気に留めず、じゃあ行ってきますと母親に声を掛ける。
バタン、とドアの閉まる音を聞いてから、俺は足取り軽く彼女の家へ向かった。だから、
「…ん。秘密、ね」
その声がいつもと違う色気を孕んでいたことも、翔の口元が何かを企むように弧を描いていたことも、家を出た俺は知りようがなかった。
◇
ホームルームが終わり、さあ帰ろうかと鞄に教科書を詰めていると、携帯がメールを受信し、震えた。
「誰からだった?」
菜月が俺に尋ねる。メールの送信主を確認すると、翔からだった。
「んー、弟だった。……あ」
「ん? どうかした?」
「…菜月、今日家来れる? 翔が会ってみたいって」
予想外の言葉だったのか、菜月の目が一瞬大きくなる。
「弟くんが私に?」
「そう。用事があるならいいんだけど」
「いや、暇だし伺おうかな。でも、二日連続で伺っても迷惑じゃない?」
「大丈夫大丈夫。うち、共働きだから」
昨日は警戒されたら困ると思って言わなかった情報を開示すると、菜月はそっか、と言って笑った。少し、照れたようだ。
どうしようもなく可愛く思えて、俺は菜月の頭を撫でた。俺はこの可愛い彼女が大切すぎて、まだ手を繋ぐことしか出来ていないのだ。菜月は最近頻繁に触れてこようとするあたり、どちらかというとウェルカムモードなようだが…。
俺はハァ、とため息を吐いた。
◇
「やぁ、にーちゃんお帰り。彼女さんもよーこそ」
「あ、わざわざご丁寧に。これ、よかったら」
菜月は、いいと言ったのに、「こーいうのは大事だよ!」と言って道すがらケーキを手土産に買ってきてくれた。…両親の分まで。
「あ、これはどーも。後でお出ししますね」
翔はにっこりと菜月に笑んだ。菜月は「手強いな…」と呟く。何がだ。
「ゆっくりしていってくださいね」
翔はにこっと笑ってそう言った。
「にーちゃん、ちょっと」
「だからノックしろって」
菜月と部屋で話していると、翔が顔を覗かせた。何か用かと思い、菜月に一言断り、部屋を出る。
「どーした?」
廊下に出て用件を切り出すと、翔は俺の問いには答えずに俺の背中に身を寄せた。そして俺を背後から抱き締める。
「なにしてっ、」
「随分とラブラブだねぇ?」
俺の声を遮る翔には妙な迫力があり、本能的に危険を感じ、腰が引ける。そんな俺を逃がさないと言うかのように、翔は俺を引き寄せた。
「別にいいだろっ、ん!」
だから離せよ、と続けるつもりだった俺の言葉は、翔の口内に消えた。翔に舌を絡め取られ、言葉はその形を成さずに消える。翔は俺の口内に唾液を送り込み、浸食した。逃げるように舌で翔の舌を押し返すが、翔の舌に絡めとられるせいで、まるでキスに応えているようにしかならない。
「や、め…っ、ぁん」
そろそろと膨らんだ下半身に延ばされる手に危機を感じ、抵抗するが、抗議の声は喘ぎ声にしかならなかった。初めて聞いた自分が女にされる声に背筋がぞくりとする。それは恐怖か、興奮か。俺には容量オーバー過ぎて判別がつかないけれど。
「いいの? そんなに喘いで。ドアの向こうに彼女、いるんだよ?」
耳元でささやかれる興奮の色を含んだ声に、俺は思わず息を呑む。一瞬の空白を翔は逃すことなく、俺のそれを無遠慮にズボンの上から掴んだ。
「ひっ、」
強すぎる衝撃に、悲鳴を上げて抗議するも、翔は気にも留めない。それどころか、ズボンのファスナーを開けて俺のブツを取り出し、直接扱き始める。緩急つけて与えられる刺激に、俺の口から喘ぎ声が漏れる。
「ぁんっ、ぁ、ぁ、ぁあッ」
イク、と思ったその時。
「……なんで」
ぐい、と根元を掴まれ、ブツが萎えた。俺はというと射精感を持て余すばかりで半ば半泣きだ。
「だぁめ」
翔は、子供を宥めるような言い方で、俺に言った後、菜月が待っている俺の部屋に顔を覗かせ、
「じゃあ、にーちゃん返すね〜」
などと言っている。おい。なんだこの置いてきぼりは。泣くぞ。
翔は俺の萎えたブツをス、と一撫でし、妖艶に笑む。
「続きは後で、だよ」
……それはそれで困るんだが。
◇
「ぁ、アッ、ぁンっ」
「喘いじゃってかわいー」
「口に、っぁ、くわえなが、ら、ンン、しゃべるなぁっ」
……なぜこんなことに。彼女が帰って、俺は今なぜか弟にフェラをされている。マジで何でだ。ていうか後でって本気だったのか。
昨日今日と翔の豹変ぶりが唐突過ぎてよく分からない。今も正直逃げたいけど力出ないから為されるがままの状態だし。
「にーちゃん、彼女とはもうシタの?」
「ばっ、そんなわけっ、ぁあんッ、ぁ、ぁ」
翔が先端をくちゅくちゅと強めに吸いながら玉を弄る。憚らずに言うなら、かなり気持ちい。翔の手が裏筋をなぞる。
「ふぁッ!?」
なぞりながら、翔の人差し指が本来入れるべきでないところに伸びていき、解かしはじめる。
「ぁん、なに、やってっ、っあぁぁっ」
「んー、ちょっと違和感あるだろうけど我慢してねー」
翔の右手が下を解かし、左が乳首を弄り、口でフェラをしている。下の違和感を上で相殺しようとしているようで、その気遣い自体はありがたい。が!
「かけ、るっ! お前、なんかへん…っ、どー、ぁっ、した?」
翻弄されつつも必死に問う。翔は、その相貌を一瞬冷たいものに変えてから、にこやかに答える。
「俺さー、にーちゃんのことずっと好きだったんだよー?」
一旦フェラをやめるも、解かす作業と乳首責めは継続するらしく、俺は半ば意識が朦朧とする。気がつけば指の本数が二本に増えてるし。
「なのに彼女なんて作っちゃうし」
翔は俺の乳首をぺろりと舐め、吸い上げる。出るものなんて何もないのに、それはとてつもない快感だった。
「ふぁあああっ、ぁん、ぁあ!!」
「…彼女のことになると普段の無表情崩しまくりだし」
面白くない、と言うかのように左手で弄っている方とは反対の乳首を噛んでくる。
「…あは。にーちゃん彼女いるのに乳首ビンビンになってるよ? エッロ」
わざと俺に見せつけるかのように俺の下半身を持ちあげる。体がJの字のように曲がり、赤く染まった俺の乳首と、ぬるぬると先走りを出す俺のブツが見えた。
「にーちゃん、彼女ともヤッテないのに、彼女より先にオンナノコにされちゃうねー」
翔は、「ホラ、三本入った」と言いながら俺の中で指をバラバラに動かした。時折内壁を擦りあげては通し過ぎていくそれを、唇を噛みながらやりすごそうとするが、それの内の一つが、一瞬頭が真っ白になるほどの快感を与えた。
「────っ、ぁあああっ!」
翔も俺の反応の変化に気が付いたらしく、「ん、ここ?」と言いながら執拗にそこを擦りあげてくる。
「ぁ、やだぁッ、ぁあっ! そこやめろぉっ」
度を過ぎる快感に恐怖さえ覚え、俺は翔の手を引きはがそうとするが、全く力の入らないそれは、翔の手に添えているだけになってしまった。
「ごめ、挿れる!」
「ぁ、ああああっ! やぁっ、かけるぅ…ッ! ンあっ」
翔の声に余裕がなくなり、ん?と思ったのは一瞬のこと。次の瞬間には翔のブツが俺の中に入ってきて、俺の少しの余裕は消しとんだ。
「ぁあっ! かけるッ! かけるぅ…ぁぁああ…」
羞恥も理性もなくなった俺は、本格的に泣きに入る。
「あー、にーちゃんかわいーな、もう」
翔は俺の零した涙をちゅ、と吸い取り、俺に口付けた。
「……絶対、逃がさないんだからね」
耳元で聞こえた声に一瞬背筋がぞくりとなり、そして次の瞬間には内壁を擦りあげながら奥を突いてくる翔のピストン運動で霧散した。
「ひゃああッ!ああ!ぁン! かけるっ、ぁあ! かける!」
「鴇人〈トキト〉…っ、俺の鴇人ッ…!」
翔のいつもと違う呼び方に、なぜか快感が増した。
「ぁあ! こわいっ、かけるかけるかける! やぁっ、ぁあ!」
「……っ、出すよ!」
翔の宣言とともに俺もイッた。はぁはぁと息も荒く体力の限界を迎えた俺に、翔は爽やかさを前面に押し出した顔でにこやかに言った。
「もう1ラウンドいこうか?」
絶倫かよ!!
結局その日は5ラウンドまでやって終了した。5ラウンドの内に両親の分のケーキがセックスの小道具になってしまったのは言うまでもない。
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