生徒会室はこの上なく快適だった。役員は俺以外誰もいない。机にはうずたかく書類が並べられている。絶景かな絶景かな。乾いた笑いが漏れ出る。
「書類さえ持ってってくれたら言うことねぇんだけどなぁ……」
はぁ、とため息を落とす。どんよりと暗い気持ちが心を落ち込ませるが、キーボードを打つ手は止まない。正確に言うなら止めることができない、だろうか。出来上がった書類をファイルに保存する。印刷は後でまとめてした方が効率がいいだろう。
すでに目を通し承認できると判断した書類に印を押していく。その片手間に昼食がてらパンを食べる。ぴたりと一枚の書類に目が留まる。器物破損による新しい備品購入の申請書類だ。その元凶に想いを馳せ、そして高く積まれた書類に再び視線を投げる。
「ホント、仕事さえやってくれたらなぁ……」
ポン、印を押した。『会長』という判が淡く滲む。生徒会会長、それが俺の役職だ。
「やー……、こんな状況の今となっては生徒会長と書いて雑用係って読んだ方がいいんじゃねぇかな……」
さっきから独り言が多いがそれも仕方のないことだ。ずっと書類書類書類だ。目もかすむし頭も痛いし気疲れもする。というか思考がずっと口から洩れ出てる。仕事さえなければ誰もいない生徒会室っていうのは快適なんだ、本当に。というのも俺自身に重要な問題があるからなのだが。
キィ、とドアが控えめに開く。
ガリガリとめんどくさそうに現れたのはこの学園の風紀委員長、島風蒼〈シマカゼーアオイ〉だ。風紀のトップが顔を見せるということは書類を取りに来るついでに文句でも言いに来たのだろう。
「バ籠井〈カゴイ〉ぃ、書類寄越せ」
「今日も鬱陶しい面見せやがって。わざわざご足労なことだな」(訳:おはよう、お疲れだな。わざわざ書類を取りに来てくれてありがとう)
――我がことながら口が悪いッッ!!!
この学園の連中は知らないことだが俺はコミュ障である。なぜか掛けようと思った言葉とかけ離れたものが口から飛び出すという最悪なオマケ付きのコミュ障である。
コミュ障には、緊張すると黙るタイプとひたすら話すタイプとがいるが俺は前者だ。しかも出てくる言葉は罵詈雑言だ。内心緊張で固まっていたとしても口ではひたすら相手を煽りまくる。すごく性質が悪い。
精いっぱい愛想よく笑おうとするも、緊張で顔が引きつる。それを見た島風は髪を逆立てた。あぁ、知ってるぞこの反応。俺の下手くそな愛想笑いがニヤリとした意地の悪い笑いに見えたのだろう。深く刻まれた眉間の皺にビビり散らし若干意識が遠のくが口は止まるところを知らない。
「委員長様直々においでとは風紀は余程暇らしいな。仲良く談笑と言う柄でもないだろうに何をしにノコノコとやって来たんだ?」(訳:風紀も不満が溜まっていることだろう。苦情なら聞くがお茶でも飲むか?)
ふらり、立ち上がりグラスにルイボスティーを淹れる。睨みつけてくる島風に無言で差し出そうとするも、ふと感じた眩暈からグラスが傾き中身を島風に頭からかけてしまった。
「……」
「……いいざまだな、島風。まるで濡れ鼠だ、みすぼらしい」(訳:悪い、島風。寒いだろう、本当にすまない)
申し訳なさにまたも顔が引きつるが、言っている内容が内容なので濡れた島風を嘲るような表情に見えたのだと分かった。彼の目は堅気の者に見えないほどつり上がりこめかみには青筋が浮いている。
無言で怒りを顔に湛えていた島風は、重く長い溜息を吐くと、濡れた髪をかき上げ獰猛な笑みを見せつける。
「なんだ、お優しい俺が心配して様子を見にきてやったのに絶好調じゃないか。これは新歓の出来栄えが楽しみだな、会長サマ? 時間の無駄だった、帰る」
フン、と鼻を鳴らし出ていこうとする島風に慌てて給湯室のタオルを投げつける。流石に濡れたまま帰すのは忍びない。わざとではないとはいえ俺がかけた迷惑だし、本当かどうかはさておいて心配をしてくれていたようだったから。タオルに不可解そうな顔をする島風。半ば意識的に目を逸らしながらモゴモゴと言う。
「わ、るかった。そ、れ使って拭け」
俺だって目を合わせなければそれなりに話せるのだ! 緊張するから完全なる素ではないけどな!! ビビりでごめん!!!
「……」
島風の返事は聞こえることがなく、代わりに生徒会室にパタンとドアの閉じられた音が響く。そろり、ドアの方を見るとそこには島風の姿はなかった。
許してくれたり、はしないよなぁ……。あの言い方じゃあな……。
思わず眉間に皺が寄る。ふとスマホに映った自分の顔を見、ため息を落とした。そこにはいかにも暴君といった風貌の男が映っている。今更顔が変わることはあり得ない。あり得ないが物申したい。なんでこんなに暴言を吐くのが似合う顔なんだ。
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