五条貢は穏やかで口数の少ない男だった。
「なんであんま喋んねーの」
訊くなり、貢は曖昧な表情になる。何か言いかけた言葉を飲み込んでいるようなそれにムッとした。貢はいつも大人ぶろうとする。悟は貢のそんなところが嫌いだったし、そんなところが好きだった。
「聞こえないから、声量に自信がないんだよね」
眉根を寄せる貢に、そうは見えないけどと首を傾げる。耳が聞こえないと言われなければ分からないほど、貢は完璧に人の唇を読んだ。
「気になってたんだけどさァ、なんで読唇術を勉強したワケ?」
「遺言くらいちゃんと聞きたいじゃん」
告げられた理由に案外呪術師らしい動機があったのだと驚く。五条貢という男は、生死のかかる呪術師という職を意識させないほど穏やかな性格だった。フゥンと呟くと貢はくっと眉根を寄せる。
「腹でもいてーの?便秘?」
「……悟」
違うと知りながら揶揄うと、貢は口元を引きつらせながら否定する。困ったような表情はもう消えていて。……よかった。柄にもなく緊張していたらしい。バレないように溜息を落とした。
それじゃ今の僕、貢とお揃いだな。
休暇から一か月経った昨日あたりから耳が聞こえなくなった。改めて聞こえなくなってみると、貢がいかに努力して人並みの会話をしていたかがよく分かる。
「口数が減る理由もよく分かる……」
何か言って返事が聞こえなかった場合のことを思うと、話す気が失せるというかなんというか。会話に対し身構えてしまうのだ。
悟の場合、無下限呪術を使えるから戦闘面ではまだいい。聞こえないけど防御は完璧だし、六眼もあるから術式を視ることができる。逆に言えば、その二つが備わっていないと聴力なしに任務へ向かうのはかなり無謀ということ。
後衛とはいえ、貢はきっちり任務をこなしていた。もし貢が任務もできないような身であれば、行方不明になることもなかったのかもしれないが。そう思うと何が正解かわかったものではない。
まだ悟が学生だった頃。星漿体関連の任務に就いたことがある。任務内容は割愛するが、その最中に一度生死を彷徨った。幸いにも反転術式の会得により一命を得たが、実家はそりゃもう大騒ぎだった。
ワーワーワーワーと大騒ぎして、悟を頻繁に呼び出し、高専に苦情を入れ、果てには軟禁という案まで登場し……。そうこうしてる間に、貢は任務先から帰ってこなくなった。遺言くらいちゃんと聞きたいじゃん。そう言ったのは、自分のくせに。
「何も言わずに消えやがって」
――耳が聞こえなくなってから暫く。悟から嗅覚、触覚が失われた。
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