借りたものは返しましょう
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 味がしない。首を傾げる。もう一口。眼前には楽しみにしていたチョコレートパフェ。てっぺんにはチョコのドームが飾られている。ソースをかけると中からアイスが登場する。洒落た仕掛けが今人気のデザート……なのだが、どうにも味が分からない。

「傑ぅ、これ食ってみて」
「え」
「早く」

 隣の傑にスプーンを寄越すと、甘いねと頷く。だよなァとスプーンを奪い返し、もう一口。……やっぱり味がしない。

「僕、お前を殺したストレスで味覚なくなったかもしれない」
「私生き返ってるけどね」
「じゃ、殺した奴が次の日に高専にふらっときて、『なんでか分からないけど生き返ったみたいだね』とかほざいたせいかも」
「そんな細い神経じゃないだろうに」

 すまし顔でホットコーヒーを啜る傑に、思わず青筋を浮かべる。こいつ、僕のか弱い神経ちゃんのことをなんだと思っているのだろう。失礼極まりない。ムッとしつつ、傑の方へグラスを押しやる。

「傑、あと食って。味しねぇもんこんなに食えない」
「ッ???! 悟、君本当に味がしないのかい?!」
「だっからそうだっつってんだろ!!」
「悪趣味なジョークだと思ったんだよ!!」

 道理で軽く流されたと思った。まさか信じていなかったとは。目元の包帯を弄ぶ。……ちょうどパフェを食べたあたりから、ここらへんに呪力の気配を感じるんだよなァ。

「傑、オマエなんかした?」
「いや? 私が悟の味覚を奪うような真似、すると思うかい?」
「百鬼夜行した前科があるからなァ」
「悟、過去のことを何度も持ち出すなよ」
「オマエが百鬼夜行したの先月だけどね」

 あっけらかんとした顔で『生まれ変わった気分だよ』とか抜かした傑はぶっちゃけもう一回くらい死んだ方がいいと思う。殺した時は、「違う道があったんじゃ」とか、「傑の気持ちに気が付いていたら」といった後悔、「なんで話してくれなかったんだ」という怒りや苦しさでそれはもうぐちゃぐちゃにかき乱されたものだった。ものだった。過去形だ。ぶっちゃけ今は死ねばいいとさえ思ってる。僕の気持ちを返してほしい。学生時代となんら変わらねーテンションで接してきやがって。テメェの血は何色だ。

 分が悪いと判断したのか、傑は「まぁまぁ」と優等生然とした様子で俺を宥める。うるせぇ全部オマエが悪いんだよ。

「ところで、悟は今日から一週間休みなんだっけ? どこか旅行にでも行くのかい」
「あー……久しぶりに貢の墓に挨拶いこっかなって」
「来年で五年だっけ?」
「そ。ムカつくけど傑も帰ってきたし、その報告しようと思って」

 五条貢は遠縁の親戚で、五条の屋敷に住んでいた。耳が聞こえなかった貢だったが、そんなハンデをもろともせず、貢は悟の唇を読んで会話に興じた。悟は七つ上のこの兄が大好きだった。貢と呼ぶと困った顔をして振り返る。
『なんで困った顔してんの』
 そのやりとりをまだ覚えている。
『悟がかわいすぎるからかな』
 当時すでに普通の子供扱いではなかった悟に対し、ただの子供を相手取るような答え。零れた笑みに、貢の眉はますます垂れる。
『ほんと、困った……』
 そのままずっと困っていたらいい。そんな思いも虚しく、貢は悟が16歳の時に行方不明になった。行方不明者は7年経ったら死者となる。来週はそんな彼の月命日だ。
 目隠しを指で浮かせ、椅子の背にもたれかかる。

「貢、今どこで何してんのかなァ」

 さてねぇ。
 傑の眉根が僅かに寄った。




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