おいしいパン屋に行きましょう
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 思わずしゃがみこむ。弁当の中身は地面に散らばり残骸となり果てていた。デスクで書類に囲まれながらの昼食は気が滅入ると、会社近くの公園に弁当を持ってきたらこれだ。弁当箱にサッカーボールを命中させた少年の母親は、すみませんと何度も頭を下げている。

「いえ、大丈夫ですよ。スーツも汚れていませんし」
「本当にすみません! ほら賢人、謝りなさい」
「……、っごめんなさい!」

 居心地悪そうに指先で遊んでいた少年は、母に促されままよと頭を下げた。偉いぞ少年。少年の頭を撫で、空になった弁当箱を拾う。少し離れたところの電線にはカラスが集いはじめている。中身は片付けずとも良さそうだ。

「……昼飯、どうしよっかな」

 オフィスのある周辺にはいくつか飲食店があるのだが、今から入るとなると昼休み明けまでに帰れるかが不安だ。仕方ない、コンビニ飯にしよう。

 正直な話、昼に食べるコンビニ飯は苦手だった。実家で暮らしていた大学生の頃はちょっとした特別感があって好きだったのだが、残業が定着した社会人の今となっては夜だけで十分だとも思う。会社から徒歩三分。全国展開しているコンビニは、この時間になると昼飯時の社会人で溢れかえっている。入店するなりレジにずらりと並ぶスーツが目に入り、思わず顔を引きつらせる。嫌いなコンビニ飯をわざわざ並んで買わなければいけないなんてついてない。おにぎりコーナーに行くも、棚には何も陳列されていない。切ない気持ちになりつつもパンコーナーへ渋々移動する。

「あ。七海さん」
「……中山さん」

 陳列棚からフランスパンのサンドウィッチを取った七海さんはさっさとレジに並ぶ。話しかけたとて待ってくれないあたりが七海さんらしい。慌ててあんぱんを手に取り後に続く。

「七海さんのお昼はいつもコンビニなんですか?」
「あなたこそどうしてここに? お弁当、持ってましたよね」
「ボール遊びしてる少年にシュートを決められまして」
「そうですか」

 デスクに帰り、並んで食べる。七海さん曰く、あのお洒落なサンドウィッチはカスクートというらしい。名前まで洒落てる。

「そういえばさっき公園でケントくんって子に会いましたよ。七海さんも確か下の名前ケントでしたよね」
「シュートを決めた子ですか」
「そうです。いいボールの軌道でした」

 食べ終わり、手を合わせる。コンビニのあんぱんに期待しすぎたのかもしれないが、微妙な味だった。餡子の味というより水あめの味しかしない。

「カスクートっておいしいんですか」
「……コンビニの中では比較的。他のパンも試しましたがこれが一番マシでした」

 ということはあんぱんが微妙なのも知ってたのか。教えてくれればよかったのに。
 俺の内心に気付いたのだろう。食べ終わり空になったビニールを丁寧に折りたたみながら七海さんが言う。

「まずいパンを食べる。それも一つの学びでしょう」
「俺、まずいとまでは思ってなかったんですけど……」

 まずいと思ってたならますます止めてほしかった。……が、ただの同僚が昼食に口出しするのも変な話だ。

「次あそこのコンビニでパンを食べるときはカスクートにします」
「いえ、好きにしたらよいかと」

 この人、ほんとバッサリ切るな。予想どおりの返事に苦笑を零した。





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