「伊地知さんほら頑張って!」
「ま、まってぇ〜〜」
「もっと足を動かしてッ、非術師に被害出ちゃったら大変だよ!」
「はひっ、はッ、ま、まって〜〜……」
歩くより遅い。
息切れをしている伊地知さんの隣をマネージャーよろしく走る。蝿頭は網のぎりぎり届かない距離を飛んでいる。
「腕をもっと振るッ! そんなんじゃ日本一になれないぞ
![](http://static.nanos.jp/upload/s/sabotenbazooka/mtr/0/0/20210429183059.jpg)
「はひぇ、はふ、はヒっ……」
声援を送るも、伊地知さんからは息切れ以外の反応がない。……走るのに一生懸命すぎてつまんね。
バン。
からかうのにも飽きたので術式を使って蝿頭を祓う。
「あ、ありがとうございま、ぅげっほぐぇっほ」
「……どーいたしまして」
あっさりと弾け飛んだ蝿頭に文句の一つも言ってこない。ここまで善人らしい対応をされてしまうと申し訳なくなる。
今度は走ってない時からかうことにしよう。
車に戻るなり俺のスマホに電話が入る。実家からかと思ったが、画面には虎杖の二文字があった。
「はァい。……ん? 吉野ンち行くの? マジかウケる。俺も今から行くわ。伊地知さん? いるよ、代ろうか。伊地知さん、虎杖から」
「はい、伊地知です。ハッ?! えっそれはちょっと! 映画?! ……違和感を感じたらすぐ逃げてください、いいですね」
大人だなァ。
伊地知が電話を切りスマホを俺に手渡す。
「まずいまずいまずいッ! 急げ私! 大人オブ大人の七海さんに叱られたら泣いてしまうッ!!」
あーあ、大人だったのに。
唸るエンジンを遮るように伊地知さんのスマホが鳴る。画面には七海建人。おめでとう、伊地知さん終了のお知らせ。
この後いくつかやり取りをしたようだが、結論から言おう。伊地知さんは泣いた。
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