「倫ぅ、最近働きづめじゃん? ちょっと仙台まで休憩しにいきなよ」
六月。梅雨も明け、風が気持ちのいい季節。任務も明け、朝日に目を細めながら寮の廊下を歩く俺に悟くんが声をかける。伸びてきた腕に思わず身を竦めた。別に触れられたからって親子関係が判明する訳じゃないけど、悟くんへの秘密バレを恐れる身としては急なスキンシップは恐怖の種だ。
「あ、ごめん悟くん。ちょっと驚いて」
「んや、大丈夫。顔色も悪いしさ、たまには休みなよ。恵も心配してたよ」
……なんだ。悟くんが心配してくれたのかと思ったけど違ったのか。
不思議な感覚に胸元を抑える。なんだろ。よく分からない。
「ってか、悟くん。休憩とか言って、どーせこれ任務でしょ。もう流石に騙されねーよ」
「おっバレた。まーね。でも倫は特級だし、実質休憩みたいなもんだよ」
そうそう。
四月に実家に仕組まれた任務をきっかけに、特級に上がっちゃったんだよね。実家が仕組まぬとも任務がバンバン入るようになったよ! は〜いパンパンパンパン術式撃っちゃお〜ねぇ。
「倫がいると恵も安心だしさ。ね、頼まれてよ」
また恵。
募る不思議な感覚に内心首を傾げる。
「……分かったよ。仙台ね、おっけー」
ほんと、なんだってんだよ。
「鏖殺だ!」
休憩……の筈だったんだけどなァ。
目の前には受肉した宿儺。簡単な任務だった。特級呪術師と二級呪術師なんて過剰戦力がいいとこの任務だったのに。でっけぇ呪霊に廊下を分断されてちょいと別行動してたら両面宿儺の受肉ときた。何言ってんの? 意味が分からん胃が痛い。
「おいおい。こちとら死ぬ用意なんざできてねーぞ」
嫌な汗が背中に滲む。
俺のことはまだしも、恵くんを死なせる訳にはいかない。悟くんに頼まれちゃったし。さりげなく恵くんの前に立つ。ふと、宿儺の様子が変わった。
「あ?」
自分で首を、絞めている。
「人の体で何してんだよ。返せ」
マジかよ虎杖悠仁。嘘だろ虎杖悠仁。
「オマエなんで動ける?」
いやマジそれな。
虎杖の頬にあった第三第四の目が閉じていく。もしかして、宿儺を抑え込んだ……?
「動くな。オマエはもう人間じゃない」
「は?」
「呪術規定に基づき虎杖悠仁、オマエを呪いとして祓う」
十種影法術の構えを取る伏黒に虎杖は困惑を滲ませる。
「いやなんともねーって。それより俺も伏黒も……ボロボロじゃん。五条は元気そーね」
「うん、申し訳ないほどにぴんぴんしてる」
分断されてなきゃあの程度、俺が祓えたと思うし。ごめんね俺悟くんじゃないから瞬間移動できないのよ。
言葉を交わす間にも虎杖の体からは刺青のような模様が消えていく。ってかこれ本当に虎杖本人なのかね。念のため祓った方がいいんじゃないかな。どうだろう。
「今どういう状況?」
「悟くん!」
「五条先生! どうしてここに」
「来る気なかったんだけどさ。特級呪物が行方不明ともなると上がうるさくてね。観光がてらはせ参じたってわけ」
カシャカシャと恵くんをスマホで撮る悟くんに恵くんが苛立った顔をする。素直じゃねーな。なんだかんだ言って恵くんのことが心配だったんだろ。俺に恵くんのこと頼んだくらいだし。
「で、見つかった?」
「あのー。ごめん、俺それ食べちゃった」
すっと手を上げる虎杖に悟くんが固まる。思わずスマホのシャッターを切った。
「倫ぅ、なんで撮った?」
「先輩たちに見せようと思って」
「あんたら五条がクソなのは分かったんで話を進めてください」
呆れた声の恵くんに軌道修正される。
「で、マジ?」
「マジ」
「んー? 本当に混じってるよ」
いくつか問答を重ねた悟くんは、虎杖に10秒間宿儺と代わるよう指示をする。話が決まったらしい。近寄ってきた悟くんは紙袋から何かを取り出し俺の口に咥えさせる。
「僕のオススメの味。残りは持ってて」
噛み切り、断面を見る。緑色。抹茶かな。
もぐもぐと食べている間にも戦闘は展開される。きっちり10秒後、宿儺と虎杖が入れ代わる。
「驚いた。本当に制御できてるよ」
「でもちょっとうるせーんだよな」
「それで済んでるのが奇跡だよ」
トン、と。
軽いじゃれあいのようにあっさりと虎杖を気絶させた悟くんは、俺たちに向かって振り返る。
「これで目覚めた時、宿儺に体を奪われていなかったら彼には器の可能性がある。さてここでクエスチョン。彼をどうするべきかな」
「……仮に器だとしても、呪術規定にのっとれば虎杖は処刑対象です。――でも死なせたくありません」
「私情?」
「私情です。なんとかしてください」
「倫は? どうしたい?」
楽し気に口元を緩める悟くんに、なんとなく恵くんの頼みを聞くんだろうなって思った。任務を持ちかけられた時にも感じた不思議な感覚が胸に去来する。
「……俺、は。わかんね」
正直、殺してもいいと思う。
虎杖は確かにいい奴だ。それでも危険に変わりはない。知り合ったばかりのいい奴より、俺は自分の安全を取りたい。でも恵くんのお願いを叶える気満々の悟くんにそれを言って虎杖を生かされたら……負けたって思っちゃうんじゃないかなって。
言葉を飲み込む俺に悟くんはフゥンと嘯く。
「……かわいい生徒の頼みだ。任せなさい!」
うん、やっぱりこれでよかったんだ。
ふと、俺の片手に握りしめた喜久福に目を移したのだろう。どうだった? と悟くんが感想を聞いてくる。話の切り替えが早すぎて振り落とされそう。
「おいしかったよ。抹茶の風味がよく効いてて」
「……抹茶?」
「えっこれワサビだった?」
「うん、これワサビだよ」
「マジか〜そういえばちょっと辛かったかも」
「………倫」
悟くんの声が重くのしかかる。
「オマエ、味覚ないね?」
後で教えてもらって知ったけど。悟くんがくれた大福はずんだ味だったらしい。へー、悟くんずんだ味が好きなのね。知らなかった。
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