「書類、ここ置いときますから」
完成したばかりの書類を会長の机に置く。
「おう、助かる」
会長はチラリと書類を一瞥し、手を伸ばした。伸ばした手が、俺の手に少し触れる。
「……っ、」
バッと手を慌てて戻すと、会長は少し不思議そうな顔をした。そして、何かを考え込んだかと思うと、突然「ははぁ〜」としたり顔をしてからにやりと笑って言った。
「お前、俺のこと好きだろ?」
絶句。
やっとのこと絞り出した言葉は、
「あんた、バカですか」
会長も会長でやっちまったな、という勘違い発言ぶりだが、俺も俺で結構ぶっ飛んだこと言ってると思う。いや、今まで割と無口に、かつ無愛想にやってきたものに。少なくとも暴言を吐いたりはしなかった。
が、後悔してももう遅い。言ってしまったものは言ってしまったのだから。
「お前、それが素か」
会長も少し不審に思っているようだ。今ならまだ誤魔化せる。いける。俺ならいける。
「……これとかそれとか、何のことッスかねぇ…? もーちょっと分かりやすく話せませんかー、バ会長サマ?」
失敗した。大いに失敗した。やってしまった。誤魔化す筈がなぜか煽ってしまった。バカなのは俺だろ、どーするよ。
「……ハッ、そっちの方が断然とっつきやすいな」
会長は怒るどころか笑うという意味不明な反応をした。なんですか、Mなんですか。
「気に入ったよ、有馬律〈アリマ‐リツ〉」
気が付いた時には、視界いっぱいに会長の顔。
────キス。
会長は、僅かに開いた俺の唇を割るようにして舌を侵入させた。
流れ込んでくるのは、会長の感情。
《興味》、《楽しい》、《高揚感》……。
「……っ、やめッ、ろ!!」
ドン、と会長を突き飛ばす。会長は僅かに後ろによろめく。一瞬の隙を逃さず、俺は会長のキスから逃げ出した。
乱れた息を整える。深く深呼吸。なんとか話す余裕ができたくらいになって、俺は文句を言うべく口を開いた。
「……あんた、何するんだよ」
会長は俺の非難の目線をさらりと受け流し、しれっと言った。
「キス。深いの」
「いやいや、知ってますし、分かってますけど!?」
なんだこいつ。尽くこっちのペースを乱しにくる奴だな。話がかみ合わない。
正直、苛々する。
「……もう俺に触れないでください」
睨みつけるようにして言う俺に、会長はキョトンとした表情を向け、
「初めてだったのか?」
と言い放った。
(あぁもう、違う。俺は触れるなと言ったんだ。キスするなじゃない! 今はそれについて言及していないだろう!!)
叫びたい気持ちを内で消化し、にっこりと微笑んで言う。コメカミに青筋? 知らねぇよ。
「うるせぇよ?」
死んでくれませんか、と顔で語る。畜生め、放っておいてくれよ。俺がキス初めてかどうかなんてどうでもいいだろう?
会長は、俺の暴言を肯定と受け取ったのか、フム、と一つ頷いてから、
「初めてか」
と一人結論付けた。
それが妙に羞恥心を煽り、俺は叫ぶように噛みつく。
「うっせぇって言ってんだろ! そうだよ初めてですよそれが何か!?」
「照れるなよ」
「うーるーせーよッ! もー黙れよお前よーッ!」
俺の悲鳴など気にも留めず、会長は無遠慮に言う。ていうか本当に人の話聞かねぇな。
「あんた、よく会長職が務まりますね」
「ありがとう」
「ちげーし! 褒めてないからーっ!!」
俺の地団太しながら悔しがる姿を、会長は微笑ましそうに見つめる。
「俺のモノにするから、覚悟しろな?」
ダメだこの人。マジで話聞いてくれねェや。
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