揺れる水面
1
「書類、ここ置いときますから」

 完成したばかりの書類を会長の机に置く。

「おう、助かる」

 会長はチラリと書類を一瞥し、手を伸ばした。伸ばした手が、俺の手に少し触れる。

「……っ、」

 バッと手を慌てて戻すと、会長は少し不思議そうな顔をした。そして、何かを考え込んだかと思うと、突然「ははぁ〜」としたり顔をしてからにやりと笑って言った。

「お前、俺のこと好きだろ?」

 絶句。

 やっとのこと絞り出した言葉は、

「あんた、バカですか」

 会長も会長でやっちまったな、という勘違い発言ぶりだが、俺も俺で結構ぶっ飛んだこと言ってると思う。いや、今まで割と無口に、かつ無愛想にやってきたものに。少なくとも暴言を吐いたりはしなかった。

 が、後悔してももう遅い。言ってしまったものは言ってしまったのだから。

「お前、それが素か」

 会長も少し不審に思っているようだ。今ならまだ誤魔化せる。いける。俺ならいける。

「……これとかそれとか、何のことッスかねぇ…? もーちょっと分かりやすく話せませんかー、バ会長サマ?」

 失敗した。大いに失敗した。やってしまった。誤魔化す筈がなぜか煽ってしまった。バカなのは俺だろ、どーするよ。

「……ハッ、そっちの方が断然とっつきやすいな」

 会長は怒るどころか笑うという意味不明な反応をした。なんですか、Mなんですか。

「気に入ったよ、有馬律〈アリマ‐リツ〉」

 気が付いた時には、視界いっぱいに会長の顔。

 ────キス。

 会長は、僅かに開いた俺の唇を割るようにして舌を侵入させた。

 流れ込んでくるのは、会長の感情。

 《興味》、《楽しい》、《高揚感》……。

「……っ、やめッ、ろ!!」

 ドン、と会長を突き飛ばす。会長は僅かに後ろによろめく。一瞬の隙を逃さず、俺は会長のキスから逃げ出した。

 乱れた息を整える。深く深呼吸。なんとか話す余裕ができたくらいになって、俺は文句を言うべく口を開いた。

「……あんた、何するんだよ」

 会長は俺の非難の目線をさらりと受け流し、しれっと言った。

「キス。深いの」
「いやいや、知ってますし、分かってますけど!?」

 なんだこいつ。尽くこっちのペースを乱しにくる奴だな。話がかみ合わない。

 正直、苛々する。

「……もう俺に触れないでください」

 睨みつけるようにして言う俺に、会長はキョトンとした表情を向け、

「初めてだったのか?」

 と言い放った。

(あぁもう、違う。俺は触れるなと言ったんだ。キスするなじゃない! 今はそれについて言及していないだろう!!)

 叫びたい気持ちを内で消化し、にっこりと微笑んで言う。コメカミに青筋? 知らねぇよ。

「うるせぇよ?」

 死んでくれませんか、と顔で語る。畜生め、放っておいてくれよ。俺がキス初めてかどうかなんてどうでもいいだろう?

 会長は、俺の暴言を肯定と受け取ったのか、フム、と一つ頷いてから、

「初めてか」

 と一人結論付けた。
 それが妙に羞恥心を煽り、俺は叫ぶように噛みつく。

「うっせぇって言ってんだろ! そうだよ初めてですよそれが何か!?」
「照れるなよ」
「うーるーせーよッ! もー黙れよお前よーッ!」

 俺の悲鳴など気にも留めず、会長は無遠慮に言う。ていうか本当に人の話聞かねぇな。

「あんた、よく会長職が務まりますね」
「ありがとう」
「ちげーし! 褒めてないからーっ!!」

 俺の地団太しながら悔しがる姿を、会長は微笑ましそうに見つめる。

「俺のモノにするから、覚悟しろな?」

 ダメだこの人。マジで話聞いてくれねェや。



△‖
(1/12)
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -