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バブ二村
 日曜の昼。同室の三浦は昨夜遅くまで情報を漁っていたらしく、部屋の前には『起こすな』という立札があった。一人の時間をコーヒーの香りと共に楽しんでいると不意にピンポーンと音が鳴る。

 「はーい」と返事をし玄関へ駆ける。スコープの向こうにはF組の茶髪がいた。何の用だと首を捻りつつもドアを開ける。

「やーやーご機嫌いかがですか〜?」
「……え、何の用だよ」
「ちょ、やだそっけなーい! ねっ、ダーリン?」

 茶髪は自分の胸元に向かって相槌を求める。視線をそちらの方へ落とすと茶髪の腕には赤ん坊の姿があった。

「……性交渉するときはちゃんと付けとけよ……」

 面倒な予感に天を仰ぐと、茶髪は焦ったように腕の中の赤ん坊の顔をこちらに見せる。

「ちょっ、違うって! これ、菖ちゃんなんだって!」
「……頭おかしくなったのか」
「ちっがーう! 顔よく見てよ! そこはかとなく菖ちゃんっぽい顔してるでしょ!」
「分かるかよ……」

 やいのやいのと玄関で言い争っていると、ギィと扉の開く音がした。

「何の騒ぎ……?」
「あ、三浦」

 どうやらうるさくしすぎたせいで起こしてしまったらしい。眉間には皺が寄せられており、いかにも不機嫌そうである。

「……F組二人じゃん。何この状況」
「だよなッ!? 普通分かるよなッ!? なー、菖ちゃんこいつマジ薄情」
「いや何でだよ」

 なんでこの赤ん坊がF組の二村だと分かったんだと三浦に目を向ける。三浦はしまったというように目を泳がせる。

「……学校の監視カメラをハックしたらたまたまF組が赤ん坊の姿になるのが見えましてー……」

 目を逸らしながら告げられた言葉に唖然とする。え、じゃあこれ本当に二村なのか。未だに信じられない気持ちで茶髪に真偽を問うと、「そうそう」とあっさり肯定される。

「一緒にゲームしようと思ったのになかなか起きてこないから部屋を突撃したらこのざまだよ……」

 なー? と赤ん坊に顔を寄せ足蹴にされる茶髪。なるほどこいつは二村だ。

「で、なんでここに?」
「菖ちゃんに戻った時弄る材料になりそうだなと思って」
「なるほど帰れ」
「君は心配じゃない訳? あーあ! 菖ちゃんかわいそうだなー!」

 そう言われるとこちらが悪いような気がしてくるだろやめろ。

「っていうかさっきから菖ちゃんもそっちの方が良さそうなんだよね〜、ほら」

 見ると二村の手はひっしと俺のTシャツを握りしめている。試しに茶髪が抱きかかえたまま引き離そうと後ろに下がると、二村はより力を込めて俺のシャツにしがみついた。

「うわー……」
「という訳で離れそうにもないし後は任せた!」

 よろしくー! と身軽になった茶髪は颯爽と玄関を飛び出し出ていった。三浦も我関せずというふうに自室へそそくさと戻ってしまった。

「えー……? どうするよ」

 困り果てて二村に問うと、「にゅー」とご機嫌そうに返事をされる。そうだよな、分からねぇよな。でも俺も分からんのだ。

 取りあえず中に戻ろうと先ほどまでいたリビングに二村を抱え移動する。足の間に二村を座らせ、飲みかけのコーヒーを口に含む。二村は物欲しそうに小さな手をこちらに伸ばした。

「こら、いい子だから大人しくしてろ。子供にはまだ早い」

 柔い頭を撫で言い聞かせると二村は「くきゅう」と声を上げ大人しくなる。聞き訳がいい。

「コーヒー飲んだら相手してやるからもうちょい待て」

 二村はニパッと笑うと嬉しそうに俺の髪を弄り始めた。若干飲みづらい。ポンポンと背を撫でるときゃっきゃとはしゃぎだす。この赤ん坊があの不機嫌フェイスに成長するのだと思うと人の成長の残酷さを感じる。

 飲み終え空になったマグカップを二村の手の届かないところに置く。すっかり待たせてしまっていた二村にお詫びの意味を込めて額に唇を落とす。幼い顔はふにゃりと綻んだ。あどけない。

「ふっ、かわいいなお前」

 よしよしとあやしながら自室へと連れていく。床に座らせ、本を何冊か見せる。

「どれがいい……?」

 銀河鉄道の夜、そして誰もいなくなった、夢十夜。子供用の本がないとはいえ、何でこのセレクトにしたのだろうと後悔する。二村は手を彷徨わせ、一番右端の本を選んだ。夢十夜だ。いいのか。選ばせておいてなんだが本当にこの本でいいのか。もっと他にもいい本あるぞ。例えば……そう、例えば……人間失格とか。だめだ、うん、この本にしよう。

 二村を膝に乗せ、朗読を始める。

「こんな夢を見た。腕組みをして枕元に坐っていると……」

 俺の朗読に二村は分かっているのか分かっていないのかこくこくと頷く。しかしやはり内容が難しかったのだろう、その内に目を閉じ眠りこけてしまった。

 起こさないように気を付けながら俺のベッドに運ぶ。ごろりと一緒に横になり、二村の観察をする。こうしてよくよく顔を見てみるとそこはかとなく二村の面影があることに気づく。

「……おやすみ、二村」

 赤ん坊の眠る姿を見ているとつられるようにして眠気が訪れる。それに抗うことなく目を閉じる。きっと起きるころには──……。


「……んだこれ」
「ん? あ、元通りの二村だ。おはよ……」

 ついつい寝ぼけて赤ん坊の時にしていたように頭を撫でる。二村はぴしりと固まった。

「……あ。もしかして覚えてない? お前小さくなってたんだけど」
「はァ? 小さく? ……小さく……」

 訝し気にこちらを見やった二村だったが、次第にその語尾は小さくなり、顔は赤らんだ。

「う……っわ、死にてぇ」
「俺が折角甲斐甲斐しく世話してやったんだから死ぬな」
「子供に夢十夜読み聞かせるやつが甲斐甲斐しいとか笑えねぇ冗談だな……」

 思い出したようだ。

 二村は顔を手で塞ぎごろごろとベッドの上を転がる。恥ずかしいのは分かるが狭いからあんまりはしゃぐな。これ一人用なんだぞ。

「こら、大人しくしろ」

 期せずして先ほどと同じ言葉を二村に吐く。二村は声にならない悲鳴を上げて部屋を勢いよく出ていった。

 後日F組に足を運ぶと、ボロボロになった茶髪と遭遇した。



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