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桃食べ放題、築三年
「あの夏」桃太郎のパロディ



 むかしむかし。自分勝手が過ぎ嫁を得ることができなかった相沢優というお爺さんと、自分勝手な相沢爺さんの世話を焼きすぎてうっかり婚期を逃した池谷和茶というお爺さんが二人でほどほどに仲良く暮らしていました。

 相沢爺さんは「熊の声が聞こえた。狩ってくる」と山へ芝……、山へ狩りに、池谷お爺さんは相沢爺さんが熊を獲れない事態を想定し川へ魚を釣りに行きました。

 相沢爺さんが山へ行くと、案の定そこには熊がいました。最初は相沢爺さんに威嚇をしその勇ましさを存分に発揮していた熊でしたが、相沢爺さんの目がつまらない芸を見るかのように冷めた目つきをしていることに気づきました。通常の爺さんであればここらで怯え慄き逃げ出しているところです。

「おいお前、もう少しマシな芸はできねぇのか。余興にもならんぞ」

 気づけば相沢爺さんの手元には酒瓶とお猪口が用意されていました。なんということでしょう、この爺さん、あろうことか熊の威嚇を見世物に酒をあおっているではありませんか。熊もこの初めての事態に対応しかね、困り果てました。しかしお爺さんの足元には鈍く光る鉈が置かれています。この爺さんに逆らえば今夜の鍋の具材とされてしまうことは火を見るよりも明らかです。

「……できねぇのか?」

 ニタリ、口元を歪めながら問う相沢爺さんに、熊は必死になって芸を生み出そうと頭を唸らせるのでした。

 一方その頃、池谷爺さんはというと。静かに淡々と魚を釣り上げていました。物腰の穏やかな池谷爺さんは気が長く我慢強いのでこうした釣りのような仕事が得意なのでした。
 気づけば魚は所狭しとバケツの中で跳ねています。ビチビチと跳ねる姿にわずかばかりの気持ち悪さを覚えた池谷爺さんはそっと被っていた帽子で封をしました。

 じりじりと照り付ける日差しに、そろそろ家へ戻ろうと座っていた岩場から腰を浮かします。立ち上がると、丁度川の向こうの方から大きな桃が流れてきていることに気がつきました。

「おかしい、熱中症対策に水分と塩分はしっかり摂っていたつもりだったんだが」

 心なしか気落ちした様子で、池谷爺さんは家へと帰ろうとします。どうやらあまりの桃の大きさに幻覚を見ていると思っているようです。桃はお爺さんが帰ろうとしている様子に焦ったのか激しく揺れ、『どんぶらこ〜、どんぶらこ〜』と自ら音を付け始めました。

 それでもなお帰ろうとするお爺さんに桃のアピールは更に過剰なものとなっていきます。意地でも回収してもらいたいらしく、桃は川の流れに逆らい池谷お爺さんの前で過剰なアピールを展開します。桃の揺れが震度7に達し、音が『どんぶらこ〜』から『ど!!!ん!!!ぶッ!!!ら!!!!こォォォォ!!!よっこいしょォ!!!!!』に変化した辺りでお爺さんはようやく桃を回収し家に持ち帰りました。桃は、お爺さんが途中から幻覚だと信じたい気持ちでいっぱいだったことに気付いていました。少し演出が過剰過ぎたようです。

「やっぱもう少し演出は抑えた方がよかったんじゃないか、青」
「これくらい派手にやらんと拾ってくれなさそうだったし仕方ないだろ」

 桃の中から会話が聞こえた気がしましたがお爺さんはそ知らぬふりを続けます。池谷爺さんはひたすら無心で料理をしながら相沢爺さんの帰宅を待ちました。囲炉裏に刺した魚が焼き上がり香ばしい匂いが漂い始めた頃、相沢爺さんは熊を背に負い帰ってきました。哀れ熊は面白いことを披露できないまま相沢爺さんに仕留められてしまったようです。相沢爺さんは戸口に熊を放り投げ、家の奥を陣取っている桃に目を向けます。ゆったりと相沢爺さんが鉈を構えると、その刃先のざり、と地面を引っ掻く音がしました。引っ掻いた跡に熊の血液がじゅわりと滲んだのを見て、桃は竦み上がりました。

 その鉈が容赦なく振り上げられ、真っ二つに胴体を引き裂かれる未来を予感した桃は、自らぱっかーんと半分に割れました。

「おめでとうございます、元気な男の子ですよ!」
「あ、どうもこんにちは。青がすみません」

 中から出てきたのは二歳くらいの男の子二人。流暢に言葉を操る小さな子供に、相沢爺さんは振り下ろそうとしていた鉈を地面に置きます。

「なんだお前ら、なかなか笑える登場の仕方じゃねぇか」
「道理で桃がうるさいと思った……」

 二人の爺の反応を意に介すことなく「青」と呼ばれた少年は小さな胸を張りせっせと巣作りを始めます。干されていた毛皮や隅に置かれていた座布団で寝床を作り上げた青はどことなく満足そうです。

「赤! 汚いけど寝るところ作ったぞ!」
「おい待てクソがガキ。何してんのかと思ったらてめぇの寝床作ってやがったのか」
「一応掃除してあるから汚くはないはずだぞ……?」

 子供の動向を気にする相沢爺さんと、青の「汚い」発言を気にする掃除担当の池谷爺さん。しかし青は二人の言動をさらりと無視し、甲斐甲斐しく赤の世話を始めました。赤は子供らしからぬ気の遣いようで爺二人の反応を恐る恐る窺っています。池谷爺さんは怯えている赤を膝の上に乗せ、柔らかな黒髪を撫でました。

「怯えなくていい。俺の隣にいる相沢は直情的で享楽主義のサイコパスだが、お前に危害は加えないはずだ。多分。……加えそうなら止めるよう努力する」
「あまりにも信用性が低すぎません……?」
「すまない、相沢が何をしたいか未だに分からないんだ」
「ご愁傷さまです……」

 普通にいけば特に何事もなく結婚できそうな池谷爺さんが、爺になるまでずっと一緒に相沢爺さんと過ごしてしまったという事実に、赤と青は痛ましそうに目を伏せました。相沢爺さんは意図的に嗜虐的な笑みを浮かべ、怯える子供二人を見て笑います。

「……ハッ! もしかしてこのジジイ、巷で人々を苦しめている鬼なのでは!」

 先ほどまで怯えていたことをすっかり忘れたような青の言葉に赤は密かに慄きます。そんな赤に気づきもしない青はキッと相沢爺さんを睨みつけました。

「巷でって言ってたけどどこで聞いたんだ」
「もちろん、桃の中で!」

 相沢爺さんの言葉に胸を張り答える青に、赤が言葉を付け足します。

「あの桃、壁が薄いからよく話が聞こえるしこっちの話も筒抜けちゃったりするんです」

 まるでぼろアパートのような桃だと池谷爺さんは思いました。隙間風という単語が出てきてももう驚けそうにありません。

「なんか知らんけど洗濯してる婆さんたちって大声で世間話してるのかそういう話、よく聞こえるんだよな」
「爺になるまで川で洗濯し続けてるけどそんなイカれた婆さん見たことないぞ」
「お前ら実は川を下ってる気になってただけなんじゃないのか? その話をしているのは洗濯してる婆さんとかではなく、お前らに鬼を倒してほしい何らかの組織の人間っていう可能性は? お前ら桃という閉鎖空間の中で洗脳されてたんじゃねぇの?」

 ひらめいた!という表情で恐ろしい可能性を示唆する相沢爺さんに若干引いた池谷爺さんは、彼の頭に手刀を落とします。

「お前……相沢……」
「やっぱこいつ鬼だろ!」
「──そうかもしれない……」
「オイ」

 突然の裏切りに相沢爺さんは目を剥いて不満を訴えます。赤は池谷爺さんの背に隠れるように回り込み、相沢爺さんの言葉に反駁しました。

「僕らが川にいたのは間違いないはずですよ」
「何でそう言い切れる」
「中に水が浸みてたんで……」
「浸水してんじゃねーか」

 本当にぼろアパートのような桃だと池谷爺さんは思いました。騒音に浸水、とんだ事故物件です。

「引き上げてくれなかったらそろそろ沈みそうでした」
「あの『どんぶらこ』、切羽詰まってるなと思ったらそういうことか……」

 池谷爺さんの声に深々と頷いた青は、家から少し離れた所にせっせと小枝を集めています。こんもりと木を集めた青は、ポケットから青色の粉末を取り出し木に振りかけました。そして家の中の囲炉裏から火を移し、木の山に点火します。

「えっ、青……何となく見守っちゃったけど何してるんだ……?」
「狼煙を上げてる」
「何で……?」
「ワンワン隊を呼び寄せるため。鬼退治に必要だろ」

 鬼のところで相沢爺さんをチラリと見る青。恐れ知らずにもほどがあります。しかし相沢爺さんは青の失礼な態度に怒りだすことなく、寧ろ面白そうに眺めています。ワンワン隊という単語が気になっているようです。

「ワンワン隊ってなんだ」
「赤の犬になりたいチンピラの集団です。まぁ犬です犬」

 投げやりに答えた青は、家の周りににわかに土煙が立ち始めたのを見て満足そうに頷きました。

「隊長ぉ! お待たせしました!」

 青の前にびしっと並んだ総勢23人……匹の犬ども。異様な光景に赤と爺は完全に置いていかれています。

「隊長ってお前かよ……」
「赤の一番の犬は俺だから!!!!」

 「桃から出てきたから桃太郎とか勝手に決めるなよな!」と小さな胸を張りながら妙なことを口走る子供。赤は遠い目をしてそれを見ています。不憫に思った池谷爺さんは赤を膝に乗せ小さな頭を撫でまわしました。赤は気持ちがいいのか目を細めています。

 その脇で着々と犬どもは相沢爺さんを倒すための算段を立てています。赤にただならぬ熱の籠った瞳を向ける犬が、池谷爺さんにも大砲を向けようとしたあたりで相沢爺さんはストップを掛けました。

「俺だって赤の頭撫でたことないのに爺ごときが頭撫でてるとか意味わからない」
「あいつ頭いいくせに変なことしか言わないんですよ……」

 赤は子供らしいふにふにした指を物騒な犬に向けながら池谷爺さんに訴えます。犬は自分の話が出たのが嬉しいのかニコニコと赤に手を振りました。ネジが何本か飛んでいるようです。

「もうやだ、このままだとお爺さんイカれた犬どもに食い散らかされちゃう。僕この家出ていきます」
「ちょっと待て。出ていくならこの団子を持って行け」

 相沢爺さんは赤に団子の入った袋を持たせてくれます。

「これは?」
「俺が昨日作った団子だ。いざとなったら犬に食わせろ」
「きび団子ですね」
「? いや、ホウ酸団子だ」
「なんて物犬に食わそうとしてるんですか」

 赤はまともな人間が池谷爺さんしかいないことに涙しました。池谷爺さんも切なそうに遠くを見つめます。

「元気で過ごせよ」
「はい」

 こうして赤こと桃太郎はありもしない鬼ヶ島目指して鬼の本拠地である爺の家を旅だったのでした――…。ホウ酸団子は道中ゴキブリに悩まされている家を救うのに役立ったとのことです。



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