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馴れ初めを聞かせて
「そう。それはある暑い夏のことでした……」

 腰を捻りながら語り始める同室者の恋人。この変態の巣食う部屋に教科書を取りに来たのが運のツキだ。なんで友人の部屋に逃げ込むときに忘れ物なんてしてしまったんだろう。次にこの部屋に来るのは衣替えの時期になると思ってたのに。というかなんでいるんだ、例のごとく授業中だぞ。

 不思議なことにこの部屋に須藤の姿はない。ホント、何でコイツいるんだ。

 がっくりと項垂れるときっちりと縄で縛られた己の姿が目に入る。もちろん服は着ている。

「……比嘉くぅん、比嘉智樹くぅん……?」
「なに。今いいトコなんだけど」
「まだ話し始めじゃん……」

 聞かせてくれと頼んだ訳でもない話をいきなり始めたくせに酷い言い草だ。

「や、それは後で聞き流してあげるから縄、解いてくんね……?」
「えっ、聞いてくれないの。俺と直哉の馴れ初め……」
「逆に聞くけどなんで聞いてもらえると思ったん……?」

 俺は教科書を取りに来ただけなんだけど。

 比嘉は無駄に爽やかな顔でにっこり笑う。

「俺が話したいから聞かせようと思って」

 うわぁ、この自己中め。

 比嘉は縄に触れようともせずに滔々と語りを再開する。聞き取りやすい声が逆に憎らしい。頼む、須藤よ早く帰ってきてくれ。このネジの外れた変態と一緒の空間にいるってだけで恐ろしくて背筋が冷える。

「あの暑い夏、日差しは肌をじりじり焼いてきていた……煩わしいほどの光量は目に煩わしく俺は少しイライラしていた……」

 凝った描写とかいいからさっさと話して早いとこ縄を解いてくれ。

「そんな暑い日にはやっぱり思うよね、青姦したいなって」

 思わない。

「折よく通りかかった中庭には明らかに情事後っぽい須藤がいた。水道の近くで佇んでいたから、火照った体を冷やしに来たのかもね」

 知りたくもない同室者の馴れ初めがどんどん明かされていくんだがどうしよう。しかも出だしからして先の展開が読めるんだけどどうしよう、ホント逃げたい。

「そんな須藤に、俺は一言。精一杯の誠意をもって言ったんだ」
「どうせ『青姦しない?』って言ったんだろ」
「うん。したら須藤が」
「『いいよー』って?」
「いや、断られた」

 予想外の言葉に初めて興味を引かれる。

「どうして。珍しい」
「なんかヤバい人な感じがするからやめとくって言われた」
「ブフォオッ!」

 噴き出すも、納得する。
 すっかり忘れていたが、こいつの変態性は多くの生徒には知られていないのだ。外面がいい比嘉は、「爽やかで頭のいいイケメン」という印象を持たれているためこれでいてファンが多い。世の中どうかしてる。

 そんないい噂しかないやつに初めて話しかけられた。その第一声が『青姦しない?』ではそりゃ警戒もするだろう。相手が須藤だからと順序をすっとばしすぎた比嘉が悪い。あれでいて須藤は割と常識ある男なのだから拒否するのは道理だろう。

 
「で? 断られてどうしたんだ?」
「縄で捕縛してから土下座して頼み込んだらヤらせてくれた」
「合意とは言い難いなっ?」
「最終的には『お前はクソだけど気持ちよかったから許す』って言われたから全力でその言葉に甘えて今に至る」

 紛うことなきクソ野郎だった。正直引いた。今までも気持ち的に一キロくらい離れてたけど今ので大気圏突破した。

「ちなみに、その青姦に使ったのが今坂井くんに使ってる縄です」
「さいっあくだよお前!!!」

 噛みつく勢いで吼えると、縄がぎしりと体に食い込んだ。いや、もう……なんでもいいから、助けてくれ須藤……。

 このヤバい奴をどういう因果でか好いている須藤に思いを馳せる。

 なんでだろうな。須藤に助けを求めてはいるものの、このまま須藤が帰ってきたら十中八九俺をセックスのエッセンスにされる気がする。気のせいかな。気のせいだよな。気のせいであってほしいな。

 願いはしたものの、やはり今日も見せつけられた。教科書はやっぱり忘れた。



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