拍手文
許すということ
 誰だよ。未成年をこんなになるまで酔わせた奴は。
 隣で潰れた青に頭を抱える。
 無言でカウンターの向こうでカクテルを作る渋川さんに助けを求める。大きなため息を落とし、めんどくさそうに口を開く。

「外に転がしておきなさい。財布は剥がれるかもしれないけど、死にゃあしないでしょ」
「……流石に、」

 まずいだろと続けようとした言葉は、目にした光景に途中で止まる。

「おい橙、担ぐな。やめとけ」
「そうだね、赤。流石にコートなしだと寒そうだし上着も乗せておくよ」

 だぁれが放りだす時の格好を改めろって言ったよ。しっかりとコートを手に取りつつ、着せる気は全くないのがこいつらしい。仲が悪いわけではないのにどうにも反りが合わないこの二人はこのような嫌みの応酬がよく見られる。これはこれで二人のコミュニケーションの形なのだろう、多分。片方が意識ない状態の嫌がらせがコミュニケーションに該当するのかはさておいて。

 十二月二十四日、クリスマス。賑やかな街、きらめくツリー。楽しげな気配の中、バーへと転じたビードロの中で青こと夏目久志は酔い潰れていた。

 そもそもなぜこんなことになったのか。というのも事の次第はシンプルで、桃の誤って持ってきた酒を青が飲んでしまったのである。正確に言うなら、桃の持ってきた酒を誤って飲みかけた俺に慌てた青が、奪うようにして飲み干した。「赤はお酒弱いからね」と潰れた青に呆れた様子だが、もしかして中学の頃の一件のことだろうか。あれから随分経つというのによく覚えているものだ。

 俺の酒の強さはおいておくとして、目下の問題は潰れた青である。奪うまではいいとして、飲み干す必要はあったのか。いや、守ってもらった立場で言うのもあれなんだけどさ。

 橙によって雑に床へ下ろされた青はいまだ起きる気配がない。青は酔うと眠くなるタイプらしい。ちなみに桃は語彙が消し飛び更には声がでかくなるタイプ。緑は笑い上戸になるタイプだ。ビードロの片隅で酔っ払い二人が野球拳を始めたのを見つつ分析する。
 渋川さんはそもそも酔わなさそう。橙は……どうだろう。

「ん、赤。どうしたの?」
「橙はどんな酔い方するのかなって」
「………、秘密。赤はかわいい酔い方しそうだよね」

 無言が長すぎて若干不穏。聞いてくれるなという話の流れだから素直に乗るが。気になるなぁ。

「なんだそれ。酔い方にかわいいもなにもないだろ」
「「あると思う」」

 橙の言葉に声が重なる。どうやら青が起きたらしい。半分寝ぼけた顔でカウンターに並んだ青は、橙の不機嫌そうな視線をもろともせずに語り出す。

「例えばやたら無邪気にニコニコしてたり舌っ足らずだったりさぁ!」
「いい年したやつにやられてもだろ」
「いい年してるからいいんだよ」
「へ、へぇ……」

 正直に言う。熱が入りすぎててちょっと怖い。
 柴と同じ空気を感じる。つまり屈折したショタコンの空気だ。悲しいかな。

「前に赤が酔った時とかさぁ、」
「ハ? 聞いてない何それ」
「……あん時、迷惑かけたなって謝っただろ。掘り返すなよ」
「でも赤かわいかったし」

 貶されてはいない。それは分かる。でもなんていうかさぁ……!

「やめろって」

 居たたまれない。
 顔を背けた俺に酔っ払いは楽しそうにはしゃぎだす。

「な〜に赤、照れてんの?」
「頼むから黙ってくれ……!」

 ごっ。
 鈍い音が青の頭部に走る。うめき声を上げた青はテーブルに顔を突っ伏した。拳を固めた橙はこちらを見てにこりと笑う。

「黙らせといたよ」
「……あり、がとう?」

 お前相変わらず青に辛辣だな。
 拳に迷いがなさ過ぎて止めそこねたわ。

「さ、アンタたち。そろそろ帰りなさい。もう遅いわ」

 俺たち三人のやりとりに一段落(物理)ついたと判断したのか、渋川さんが帰宅を促す。時計を見ると深夜一時。確かにそろそろ帰った方がいいだろう。

 さて、そうなると。

「こいつ、どうしたもんかな」

 ちなみに青の家がどこかは知らん。はてさて。困ったものである。

***

 という訳でやってきたのはホテルだ。
 俺の家に連れていくのは色々と問題があるので却下。

 ホテルが全く問題ないかと問われれば若干問題はあるがそれはそれとして。

「……赤ぁ」
「うるせ。重いし」

 耳元で呼ばれるむず痒さに悪態をつく。

「んじゃ、ゆかり?」
「……呼び方の問題じゃねーよ」

 青の口から下の名前で呼ばれると聞き慣れなさにドキッとするからやめてほしい。学園での椎名呼びにすら若干の違和感があるのに。

 俺の気持ちなどつゆ知らず、青は歌うように楽しげに俺の名前を連呼する。

「由ぃ、由? 照れてんの? かぁいーなぁ」
「〜〜〜大人しく寝とけ酔っ払いっ」

 投げる先に物のないことを確認してベッドへと投げ飛ばす。

「うっわ、ハハ、たのしい」
「そりゃよかったよっ」

 言いつつ顔に枕を押し付けると、青の手が回りぎゅうと枕を抱え込む。

「な〜ぁ赤」
「な、に……?」

 目に入った光景にぎょっとする。なんで枕に話しかけてる?
 っていうか近くないか? いや枕だから問題ないんだけど青がそれを俺だと思っているならその距離感には問題があるわけで。

「でも結局は枕だから問題ない、のか?」

 でも、なぁ。
 問題なしと判断したものの、どうも腹落ちしかねたため枕を回収することにした。そっと伸ばした手がぐいと引き寄せられる。回収しようとした枕は顔の横で一緒に抱きこまれていた。ちょっと待て。

「青、おいっ」
「はいはい、寝ましょうねぇ」
「いやいやいや馬鹿っておい!」

 テディベアよろしく抱き着いた青から寝息が聞こえはじめる。がっちりとしたホールドは外そうと思えば外せる。けど、なぁ……。

「起こすのは、ダメだよなぁ」

 青の目の下を擦る。うっすらとした隈を見てしまえば、無理にでも抜け出そうという気は失せてしまう。Coloredの副総長である前に青は風紀委員長であり、夏目の長男なのだ。

「……今日だけだからな」

 誰も聞いていない許しの言葉を吐き、目を瞑る。人肌の温かさにふわりと眠気が襲ってくる。今日だけ、今日だけだから。

 温もりに寄り添うようにそっと背中に手を回す。
 許しなのか、言い訳なのか。すやり。寝息が重なった。

 翌朝。状況把握のできない青が混乱の渦に叩き込まれたのは言うまでもない。




△‖▽
(16/18)
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -