二万打
とりかへ魔や物語A
「……はぁ」

 うーんと伸びをし、体の具合を確かめる。これですっかり元通りだ。足の攣る感覚もない。心臓もしっかり止まっている。

「どう?」

 ヒサシに尋ねられ、軽く頷く。

「快調」

 俺のピンピンした様子にナガルとウツミ、ケースケが駆け寄ってくる。

「ユカリッ!?」
「無事!?」
「えっ、あぁ、うん」

 心配そうな顔に戸惑う。

「なに不思議そうな顔してんの」

 不機嫌そうなウツミ。え、何で怒ってんの。

「……お前ら、俺が勇者だと思ってたから良くしてくれたんじゃないのか」

 だから魔王と知れた今、仲良くしてくれる道理はないと思ったんだが。

 言うと、三人は目を吊り上げる。

「ハァー?! 僕、君が勇者であることに気付いてるって言ったよねぇー?!」
「はぁッ!? 気付いてたなら言えよ! ビビり散らしたわ!」
「使えない賢者様(笑)はすっこんでてくださーい。僕は今魔王様と話してるんですぅー!」
「ンだとッ!? ヒーラーって出番なくて最高〜とか言って休憩ばっかりしてる荷物持ちに言われたくないねッ」

 うるせぇ。
 突如勃発した喧嘩に呆れる。ケースケはそっと俺の傍に近寄り、耳元で何かの呪文を唱えた。瞬間、男の喘ぐ声が脳内で響きだす。耳を塞いでもなお聞こえる声に堪らず膝をついた。え、何この魔法。聞いたことない。オリジナルか?

「ふふふユカリ・ウォーナン。ずっとそんな風に思いながら一緒にいたの?」
「ごめん何言ってるか聞こえない」
「あ、それ新作のBLボイスを仕込んだ魔法なんだけど〜、どう? やっぱいい感じ?」
「……ケースケが興奮してることしか分からない……聞こえない……頭ガンガンする……」

 つらい。
 勇者として鍛錬しなさいとナガルに言われた時よりつらい。今まで生きてた中で一番つらいかもしれない。前世と合わせると……どうだろう。魔王軍が半壊したと言われた時並みかもしれない。つらい。精神が摩耗する。

 パン、と手を叩き、自分に掛けられた魔法を全て強制解除する。当然、教会で掛けられた勇者の印も見事に消え失せた。現れたのは魔王としての証である紋様だ。ナガルはそれを見て、ほぅ、と嘆息する。

「本当に、魔王なんだな」
「今までは自分に魔法をかけて隠してたからなー。言うタイミング見失ってた、ごめん」
「いや。気にするな。元はと言えば俺のせいだ。……刺された場所は、痛くないか」
「寧ろ快調。足が攣る感覚もなくなったし」
「それ剣刺したら治るようなものなのか?」

 不思議そうに問うナガルに、本当に賢者なのだろうかと疑問が浮上する。ええ……? 流石に文献に書いてあると思うぞ、多分。

「俺の力の一部を剣の形にして保管してたんだ。生まれたての赤ん坊の体では耐えきれないからな。本来なら自分の体に戻す作業はあんなに痛くないんだけど、」
「マドカがそうと知らず触ってしまってな。魔王の血縁だからか、マドカを主人として剣が認識してしまったんだ。だから、剣はユカリ様の体を傷つけた。それを血で上塗りして主人が誰かを剣に分からせたって訳」

 お判り? と途中から入ってきたヒサシが我が物顔で尋ねる。ナガルはハハァ、と感心した様子で頷いた。

「さて。ということで魔王も完全に復活した。どうする、倒す?」

 軽い調子で持ちかけると、ナガルは顔を顰め首を振る。分かり切った質問はするなということらしい。マドカを見やると、彼も苦笑し首を振る。

「育て親と兄弟を殺すなんて俺にはできない」
「……そう。でも、もしかしたら俺たちは人類の地を侵略するかもよ? 現に前世ではそうしてる」

 負けたけどね、と笑うとマドカは鋭い目でこちらを見やる。

「魔族陣営にいて、分かったことがある」
「……なに?」
「攻撃は、いつだって人類からだった。魔族はそれに対する反撃しかしてない」

 そもそも、力だけで言えば魔族の方が圧倒的に強いんだ。

 言葉に、あぁと思う。このために俺たちは取り間違えられたのか。同じ悲劇が繰り返されないよう。全ての物事に理由があるなら、俺たちの別れはこのためだったと確信できる。そうだろう、なぁ。

「……マドカ。いや、マドカ・ウォーナン。ウォーナン帝国の王子。国へ帰り、伝えてください。永遠に平和のあらんことをと。魔族はいつもそれを願っている」

 跪く俺を、マドカは無理やり立ち上がらせる。

「言われるまでもない。……ユカリ。また、ここに遊びに来てもいいか」
「魔王城を遊び場にするのか。敵わないな」

 クッと笑いをかみ殺し、マドカの手を取る。

「もちろん。先代の勇者とも約束したしな」

 ──私の息子と仲良くしてやってくれ。妻を娶ったんだ。きっと君のような子が生まれる。平和を願う、優しい子が。

 ──生まれた子供にマドカという名前を付けよう。私の故郷で『平和』という意味だ。もし二人目が生まれたら? そうだな、君の名を付けようか。優しい子に育ちますようにって。

 ──ごめんな。人類がバカでごめんな。君は何にも悪くないのに。

 ぽたりと涙を流す男の姿が最後に見えた。生まれた時にはその男の姿はもうこの世にあらず。男の弟だという者が王座に就いていた。

「マドカ・ウォーナン。男の、忘れ形見。君の人生に幸あらんことを」

 教会で教わった祈りのポーズを組む。マドカはあわあわと魔族の祈りのポーズを返した。滑稽な。ふふ、と思わず笑う。世界はこんなにも平和だった。



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