朝起きたら耳が生えてた。いや、耳は元々あるんだけどそうではなく。むぎゅ、と引っ張るも耳はピクリと跳ねるだけでビクともしない。それどころか痛みを感じた。ええ……? げんなりとしながら共用のリビングへと行く。コーヒー片手にスマホをいじっていた三浦は、俺の訪れに、はたと顔を上げる。
「三浦ぁ……」
「おはよう……どうしたのそれ」
「知らないうちに生えてた……」
「生えてた?」
戸惑った顔をしながらも三浦は近寄り、俺の顔の横を見る。
「ない……」
「……うわぁ」
ペタペタと触ってみるも、言われた通り確かにそこにあったはずの耳はなかった。代わりとばかりに頭の上の方に動物の耳が付いていた。動物の、耳が。形からしてネコ科の動物だろうか。
「……え?? 本当にない。なにこれ、ないよ。痛みは?」
「……ない」
ううん。この状態、既視感があるぞ。そう、例えば赤ん坊になったり、体が入れ替わったりそんな不可思議な現象と。どうしたものかと仰向けに寝転がると、何かが背中から逃げようとするかのように足にするりと絡みつく。ふわ……?
「椎名、それ……」
「言うな……」
巻きつくは、尻尾。んだこれ。どうなってる……? ズボンの前を寛げ、中に手を入れる。尾てい骨のあたりを撫でると、確かに尻尾はしっかりと生えていた。
「し、椎名……」
「…? あぁ、悪い。どうなってるのか確かめたくて。生えてるっぽいな、これ……根元触ってみる?」
「……椎名…」
「え。尻尾触らせるのってセクハラだったりするのか」
「椎名ぁ……? そうじゃなくてね……?」
「……? 、あ。俺は気にしないぞ」
三浦はハー、と溜息をつき、頭を抱える。
「一応聞くけど、それ漆畑っていう一年にも同じこと言えるわけ?」
「橙に? 言うけど」
「ズボン下ろして、下着も下ろして?」
三浦はじっと目を細め険しい顔でこちらを見る。って、
「そんなわけねぇだろ! ほら、このズボンをこうずらして、パンツを尾てい骨あたりまでずらせば……ほら」
「アウト」
寧ろ前抑えながら後ろをずらしてるあたり余計危ない感じになってるだとか云々。よく分からない。分からないが説教が長引くのも嫌なので知ったような顔をしフムと頷く。
「分かってないな」
バレた。
「いいか、椎名」
不意に三浦が俺を抱きしめる。え、……え?
「なに、」
「聞け。いいか、椎名。男同士ってのはな、セックスの時、」
ここを使うんだ。
する、とズボンの上から指が尻を滑る。バ、と三浦から距離を取る。三浦はハァ、と溜息を落とし疲れ顔だ。
「……分かった?」
「わか、った」
「謝らないからな。これでも分からないようならさっきのポーズしてみな。写真撮ってやるから漆畑のやつにでも送ればいい。でもまぁ、」
──セックスアピールに取られるのが目に見えてるけど。
言われた言葉に、うわぁと俯く。そうだと説明されればもうそのようにしか思えなくて。まるで腹筋を見せるかのような気軽さで下着をずらしてみせた己の思慮の浅さに恥ずかしさを感じる。
「おこ、ってない。から、謝らなくていい。ごめん三浦。ありがとう」
「例えば、だけど。俺が椎名のこと好きだったら、椎名はさっきみたいなことした?」
「……好き」
「そう。あ、例えだよ」
平静を装い問い返す。三浦は俺の腰のあたりを見ながら付け足した。不思議に思い三浦の視線を追う。見ると尻尾がピン! と立っている。なんだこれ。ダダ漏れじゃないか。
「……すると、思うけど」
「うっわぁ……えげつねぇ」
ドン引き、といった表情で三浦は一歩身を引く。そこまで言わなくたって。落ち込む気持ちを奥底に隠し、困ったような顔で笑ってみせる。三浦ははたと何かに気づいた顔をし、くしゃりと自身の前髪を気まずそうに握った。
「……椎名、ごめん。俺は何も間違ってないけど言葉を選ぶべきだった」
「?」
急に謝る三浦に首を傾げる。尻尾、という溜息混じりの言葉に飛びつくように様子を見る。尻尾はへにゃりと力を失っていた。勘弁してくれ。
「傷ついたりとか、してない」
「……嘘だな」
「……多少、凹みはした、けどそれだけだ」
流石にションボリしている尻尾を目の前にして100%の嘘はつけない。
「いつもこうやって静かに傷ついてたりするんだな」
「……さー、どうだろうな。よく分からねぇわ」
掌をヒラヒラと泳がせ笑うと、三浦はまた、溜息をつく。
「ほんと、厄介なやつ」
「そりゃどーも」
厄介なのはお互い様だ。
「取りあえずどうする? 今日は土曜だから授業はないけど」
気が付けばもう昼時。お腹が空く頃合いである。
「飯にしようぜ。腹減った」
「おー、そうしようか。……猫って何食べちゃダメなんだっけ」
「えっ俺食事制限掛けられるの」
「ネギとかダメだったよな、確か」
「聞いてるか?」
猫ならこれだろ、とか言ってチュールとか食わされたらどうしよう。猫用の食べ物を検索し始める三浦。多分普通に食えると思うんだけど。控えめに進言するも、「もしダメだったらどうするの」とあっさり棄却される。心配しているのだということは伝わって、ほんのり温かい気持ちに包まれる。小さくハミングを刻むと、合いの手のように尻尾が床をたしたしと叩いた。
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