舞台には幕が下りていた。俺は二階席にぼんやりと腰を掛け、幕を何ともなしに見つめる。これからイベントがあるから、と突如青に連れてこられたのは今から十分ほど前のこと。当の本人である青は舞台裏に用事があるとかで今はいない。一体何が始まるんだ。幕の後ろから僅かに言い争う声が漏れ聞こえた。
「は? え、俺が読むの? この紙を? そりゃ色んな人の事情には詳しいしこの突発的なイベントの存在も前々から知ってはいたけどさぁ……。司会って当日に任命するもんじゃないって知ってる? あ、そう。てっきり知らないからこんな無茶苦茶してるんだと……あ、ちょっと!」
声は明らかに不満を訴えていたが、何者かはその訴えを全て無視したらしく、幕は無残にも上がり始める。声の主はしばらく項垂れていたものの、幕が上がると気だるげに話はじめた。
「はい、こんにちは。司会を押し付けられた三浦春樹です。情報屋やってます。まぁ、よろしく」
えーっと、とカンペに目を通し、三浦は浅く頷いた。お前も急に呼び出されたクチか。気の毒に。
「おっけ。なんとなく進行のやり方は理解した。よし、じゃあ早速投票結果の発表をしようか。っと、その前に、集計方法について説明するねー」
ガラガラとホワイトボードを舞台中央に引っ張り、きゅ、きゅと文字を書く。
○集計方法
一番目に好きなキャラクターは一票ごとに2点加算。
二番目に好きなキャラクターは一票ごとに1点加算とする。
「かな。簡単でしょ。後で一番目に好きなキャラクターと、二番目に好きなキャラクターをカテゴリ別に順位発表するからそれもお楽しみに」
じゃ、今度こそいくよーと緩い掛け声。どことなく眠そうである。夜遅くまでハッキングに精を出していたのだろうか。そういえばカタカタとキーボードを叩く音が聞こえていたような。
「こういうのは下の順位からがお決まりだよねー。じゃ、まずは……って一票の人が一気にくるね。まぁいいや。えーっと、」
「ちょぉっと待ったー!!! 待った待った!!!!」
三浦が口を開いたところで声が乱入する。長谷川だ。三浦は露骨にイラッとした表情をし、長谷川の頭を軽く叩く。
「イタッ……なんで叩くのさ! 春樹はもっと俺に感謝してもいいんだよぉ? あのままひっくいテンションで進行するつもりだったんでしょ。ミミズの方がまだテンション高いわ」
ハンッ! と踏ん反り返って言う長谷川。テンション高いミミズってなんだよ。あれか、夏場にアスファルトの上でもがいてるあれのことか。そういえば干からびたミミズに水をかけると生き返るって昔円が威張ってたような。まぁ生き返らなかったけど。
「やかましいわ。っていうかお前出番あるんじゃねーのかよ」
「俺ぇ? あっりませーん! ゼロ票なんでお気遣いなくぅー!」
「やけに嫌味だな……俺もゼロ票だからそんな卑屈になるな。うざい」
「慰めてくれてるのかと思ってときめいたのにー! 俺のときめき返してっ」
プンプンと怒った素振りを見せていた長谷川だったが、茶番に飽きたのかスッと体を一歩引き、開票の姿勢に入る。三浦は長谷川の切り替えの速さに慣れているのか特に動じた様子はない。寧ろ司会を押し付ける気であるようで、寝る体勢になっている。おいこらサボるな。
「じゃっ、七位からいっくよー」
ダラララララララ……とドラムの音。
「七位! 畠洋一郎! 畠修二! 日置啓介! 田辺流! 花井鴇人!」
多いな。出欠でも取るのかと思った。というか、畠さんと修二まで呼ばれてるのか。呼ばれた五人はぞろぞろと舞台裏から登場する。畠さんと修二は二階席の俺を見上げ、手を振ってくる。
「はいはい、ではでは寄せられたコメントを読み上げるねー。各自コメントに対するリアクションと、自由に一言ください」
てきぱきと人を捌く長谷川。三浦は舞台の隅で横になり眠りこけている。お前一応正規の司会だよな?
*****
【表示形式】
○名前
「コメント」
「コメントに対して一言」
∴「自由コメント」
由コメント
*****
○畠洋一郎
『ゆかりくんのこと第1な感じがスコ…大人組大好きです』
「ありがとうございます。由くんがより良い生活を送れるよう今後も励ませていただきます」
∴「由くんが毎日健やかに過ごしているか心配でなりません。時々電話してくださいね」
畠さん……それ俺に対するコメントなんだが。まぁいいか。今度また電話します。ありがとう。
○畠修二
コメントなし
「票を入れてくれてありがとう。兄貴に負けないよう頑張るから応援してくれると嬉しいな」
∴「由……来年は桜楠学園に行くから! ちゃんと俺のこと待っててね!」
修二……それもやっぱり俺に対するコメントなんだが。いや、いいけどな? 待ってるからちゃんと編入試験パスするようにな。まぁ、修二なら心配いらないか。
○日置啓介
コメントなし
「ん? 江坂と仲のいい俺が好きって? ありがとう。これからも脅し倒して学園生活を充実させたいな」
∴「勘弁してください」
おい、一言コメント別の奴が喋ってるぞ。いいのかそれで。
○田辺流
『タイプなので(笑)』
「ありがとう。抱きしめたほうがいい? お姫様だっことか」
∴「選んでくれて、嬉しいよ。期待に沿えるようこれからも頑張ってくね」
田辺……。
初めて会った時は大人しそうな人だと思ったのになぁ……。
今や大抵のことは蹴りで解決する人に……ってそれは最初にあった日からそうか。
○花井鴇人
『毒舌なのに青LOVEなところ』
「ありがとう。僕に票が入って、正直、驚いてる。夏目くんのことはこれからも応援するつもり。椎名くんと一緒にいると遭遇率上がるから積極的に利用したいね」
∴「夏目くんと話せる場を提供してください」
真正面から利用しますって言われると逆にすがすがしく感じる法則に名前を付けたい。場のセッティングについては……頑張ります。多分けん玉大会しようぜとか適当なこと言ったら来ると思う。
「以上が七位の方々でした〜拍手ー! さぁさ次に参りますよー。じゃあ続けて六位の発表です」
再び鳴り出すドラムの音。三浦は相変わらず起きる様子がない。これだけうるさいのによく寝続けられるな。余程眠かったのだろうか。
「六位! 本編に本名がほとんど出てこない!? 名前を忘れられていないか心配なキャラクター部門、堂々の一位! 橙こと漆畑蓮〜!!!!!」
「……うるさ。イヤホンから音拾えないからもっと静かにして」
「えっ、すみません……?」
「あ、マイクも使わないで。うるさい」
「すみません……」
やめてやれよ。文句を言いつつこちらに手を振る橙に呆れる。困り顔の長谷川を見るに見かねる。
「聞いてやれ」
まさかな、と思いつつ小声で叱る。舞台に立つ橙は、耳に押し込んだイヤホンから手を放し、体を長谷川の方に向けた。……やっぱり盗聴器仕込んでるのかよ。どこに仕込んだか後で締め上げよう。
急に姿勢を改めた橙に戸惑いつつ、長谷川は進行を続ける。
「じゃ、じゃあ小声で失礼しますね……。コメントを読み上げます」
○漆畑蓮(橙)
『由くんのためなら何でもしてしまうところ。女々しくない、オープンなところがすき。』
「……当たり前。赤は俺が幸せにするって決めてる」
∴「終わったし二階席行ってもいい?」
橙の言葉はどれもストレートで、どこまで本気に取ればいいか迷うんだよな……。すごく懐かれてることは分かる。分かるから、盗聴器を外してほしい。あ、上には来ないでください。
(2/10)