あの夏の日を忘れない
4
 肩口に顔を埋める青を宥め、下から抜ける。風呂にいくと宣言すると、青は微妙そうな顔をしつつ頷いた。脱衣所に行き、服を脱ぐ。上半身裸になり、ズボンに手を掛けようとしたところで、ガラリとドアが開けられた。

「赤、パジャ、う、わッ!!?」
「……あー」

 慌てて目を覆う青。どもりながら何かを言おうとする姿に、心の奥が冷える感覚がした。

「そんなに、汚いか」
「っ、ちが」
「違うことねぇよ。俺の体は汚いよ。誰だってそう言う」

 そういや一人だけただの穴だって言った奴がいたっけな、と笑う。乾いた笑い声に、自分が存外傷ついているのだと気がついた。青は何一つ間違っていないのにどうしようもなく悲しくて、辛くて。さっきまでの温かい時間が永遠に失われたような、そんな喪失感さえ感じた。一瞬でも、期待したことがあると言ったら青は笑うだろうか。青が、この体に嫌悪感を抱かない。そんなバカみたいなことを、Coloredのメンバーと過ごすうちに考えたのだと。そんな願望を彼が、知ったら。

 裏切られた、なんて思うのは傲慢だろう。青はごく普通の反応を返しただけで、なんの非もないのだから。それなのに、なんで。俺は彼を笑って許すことができないんだろう。胸の奥を焦がす、仄暗い気持ちそのままに、目を覆っている青の手を無理やり掴む。掴んだ手を自身の体に押し当てると、青は焦った様子で俺の手を外しにかかる。その腕を力任せに壁に縫い付けると、青はそろりと目を泳がせた。まだ、逃げるのか。

「青。見ろ」
「……赤、ちが…」
「違うことねぇつってんだろ! 汚いもんは汚い! 間違ってねぇよ!」

 こんな体、目を逸らしたくて当然だ。
 呟くと、青は先程までの抵抗が嘘のように真っすぐ俺を見返した。見ろとは言ったものの、俺は自分の体を見られることが嫌いである。Coloredのメンバーにさえ見られることが恐ろしくて、今日まで傷の存在を隠してきた。青の視線が体へ向けられたことを知覚し、恐怖に身を震わせる。なんて、わがままな。思うも、恐怖はどうしようもなく収まらない。

「赤、寒いの」
「ちが、ちがう」
「……怖いの?」
「……、」

 返す言葉が、見つからなかった。青は、失望するだろう。怖いのだと、そんな言葉を吐けば、自分のリーダーがこんなにも小さな存在だったのだと思い知り、俺を見限るだろう。青曰く俺は神らしいから、他の宗教にでも信仰するのかもしれない。俺を神だと言い切った青の前でだけは弱ってはいけないことを分かっていた。結局、そういった思いですら、信じた仲間に捨てられるのを恐れる自分の弱さでしかない訳だけど。
 ピアスを指先で弄ぶ。加工による艶やかな感触に、冷静さを取り戻す。

「別に、怖くない」

 ぱ、と掴んでいた青の両手を放す。出ていくかと思われた青は、そのまま俺の体に手を伸ばした。ひんやりとした指先が、俺の腹を撫でる。

「赤、」
「……なんだ」
「俺、赤の体を汚いなんて思ってないよ」
「……嘘だ」

 視線を逸らすと、青の手が俺の頬を強引に掴む。

「ちょっ、」
「いいからこっち見ろ。最初に見ろって言ったのは赤なんだから」
「嫌だ!!!」

 どんな顔をしているのか。侮蔑か、無関心か、嫌悪か。瞳に灯る色に怯え、目を瞑り首を振る。

「嫌だ……、もう嫌だ。なんだよ、汚い以外になんて思うんだ。どうせお前だって俺を捨ててどっかに行くのに」

 強くあれ。思ったばかりにも拘らず、口は弱音を吐き続ける。赤、と宥めるような声に嫌だと返すと、瞼に温かいものが降る感触がした。

「え、」
「目開けないと瞼にキスします」
「……もうしただろ」
「誰も一回なんて言ってないけど」

 しれっと彼らしい神経の太さでそう言われる。キスなんて、所詮は肌の接触だ。大したことない、と目を瞑りつづける。ちゅ、と瞼で音がした。

「いいの、赤。このまま俺のこと放っておいて?」
「だって、」

 怖い。
 訴える声は、囁くような大きさしか出なかった。弁解しようと、声を立て直し言葉を続ける。

「俺が弱いと、青は俺を嫌いになってどっか行く。目を開けたら、分かっちゃうだろ……。お前が、俺を嫌いになったことなんて分かり切ってるけど、それでも、まだ、」

 結局震えた言葉尻に、頭を下げる。もうだめだ。俺はきっと、一人になる。





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