あの夏の日を忘れない
9
 「まぁまぁ、僕は気にしないから」という蒼生の言葉で説教を終えると、青はあからさまにほっとした顔をする。こいつ、本当に俺の言いたいことをちゃんと理解したのだろうか。なんとも言えない気持ちになり眉をしかめるも、ぐいぐいと蒼生に背を押され口をつぐんだ。

「ほら、さっきお寿司も届いたことだし晩ご飯にしようよ。僕、お腹空いたな」
「赤っ、蒼生もそう言ってることだし飯にしよう!なっ?」

 焦った様子の青にも背を押され、仕方ないなと歩を進める。ようやく説教を諦めた俺に安心したのか、青は大きく息を吐いた。

「久志、この人体幹強すぎない? 僕らが押しても全然動かなかったんだけど」
「まぁ赤だし」

 ぼそぼそと聞こえる会話を聞き流しつつ階段を降りる。人のことを超人か何かのように言うのはやめてほしい。単に二人が本気で押さなかっただけだろう。


 食卓につくと、テーブルの上には寿司桶とピザがあった。どうやらピザも捨てがたかったらしい。クリスマスかよ、と青は蒼生を見やるも、当の本人はどこ吹く風。四種類の味が楽しめるやつにしたんだ〜と楽しげにピザを開封している。

 片岡さんは後で別のものを食べるからと、食事は三人だけで進んだ。やや緊張している俺に対し、ピザの具をお箸で寿司の上に移植する等、蒼生は自由に食べすすめている。いつもよりやや大人しい俺が気になるのか、青はせっせと俺の皿に寿司を乗せる。たこ、エビ、いくら……。

「俺はいいから自分の皿に乗せろよ」
「はいはい」

 青は適当に返事をし、また俺の皿に寿司を乗せる。今度はサーモン。いいって言ってるのに。不満顔をしつつ口に運ぶと、青の笑う声が聞こえる。気恥ずかしさに顔を背けると、蒼生と目が合う。じっとこちらを見つめる蒼生を不思議に思いつつ、へらりと笑う。

「赤さんさぁ、」
「由でいいよ」
「由くんさぁ、」

 由くんなのか。いいけど。寿司を口に含みつつ、首肯し話を促す。蒼生は青に意味深な視線を投げ、口角を持ち上げた。

「かわいいよね」

 噎せる。
 今驚いて変なところに米が入った。青の手が背を撫でる。背を丸め咳き込む俺に蒼生はクスリと笑う。

「動揺しちゃった? かーわい」

 僕、そういう子好きだな。

 咳も落ち着き顔を上げると、蒼生はニコニコと寿司を頬張っていた。まるで何もなかったかのような様子に、先ほどの言動は幻覚かと不安になる。片岡さんのくれた水入りグラスに口を付けつつ、思案する。さっきのは、なんだったんだろう。

 俺が困っているのを察したのか、青は俺の頭に手を置き、蒼生に向き直る。

「蒼生。そういうの、大丈夫だから」
「……へぇ?」

 蒼生が訝し気に顔を顰める。

「俺たち、付き合ったから」

 噎せた。
 嘘だろ、今の流れで急にそんなこと打ち明けるなんて。打ち明けるにしても相応しい場というのがあったんじゃないか。再び咳き込む俺に、片岡さんが背を撫でる。あ、ちょっと鼻水出た。すかさず差し出されたティッシュで鼻をかみつつ様子を窺う。

「付き合ったぁ……?」

 青の唐突な告白に、ぎゅっと寄せられた蒼生の眉間が――瓦解する。

「それはよかった!!!!」

 パァン、と弾けた音と共に色とりどりのリボンが部屋を舞う。クラッカーだ。

「もうね、心配してたんだよ! 何年も何年も進展のない話をうだうだと続けるもんだからさ! いい加減告白なりなんなりして踏ん切り付けちゃえばいいのにこのヘタレって思ってたんだけど、そう! 付き合ったの!!」
「うるせ〜〜! 余計なことを言うな!!!」

 心底嬉しそうに笑う蒼生に、青も毒気が抜けたのか疲れたように腰を落ち着ける。

「やぁ、めでたいね! そうだ、乾杯でもする? 久志の初恋がひぃ、ふぅ、みぃ……四年目にしてようやく実った記念に!」
「数えるな!!!!」

 青に怒られた蒼生は、ケラケラと笑いながらまた、クラッカーを鳴らす。

「おめでと、久志!」
「……、ああ」
「由くん、こんな兄貴だけど末永くよろしくね! ……ああ、でも残念だな」

 声のトーンを落とした蒼生に思わず首を傾げる。どうしたんだろう。

「由くんみたいなかわいい子、滅多にいないからさ」
「蒼生?」
「あ、そうだ!」

 指をパチンと鳴らす。

「久志と別れたら僕と付き合うってのはどう?」

 末永くよろしくと言ったのと同じ口で別れた場合の話をする蒼生に顔が引き攣る。

「か、考えとくよ」
「やったぁ、考えてくれるんだって、久志。残念だったね!」
「おっまえ、応援するのか蹴落としにかかるのかどっちかにしろよ!」

 兄妹の言い争う声を背景に、寿司を食べる。

 そうだな、こういう時はアレだろうか。「私のために争わないで」って言うべきか。ちらと片岡さんを見ると、半分ほど減ったグラスに水を注ぎ足してくれる。グラスに口を付けると、注ぎたての水は喉をひんやりとさせた。





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