あの夏の日を忘れない
4
 青に手を引かれ、ヘリコプターから降りる。自然なエスコートに手を委ねてしまったが、友人としてこれはセーフだろうか。それにしても、と後ろを振り返る。降りたばかりの機体にはNatsume Hospitalのロゴがプリントされている。答えを聞いた瞬間の青の表情を思い出し、気恥ずかしさにムッとする。本当に、どこまで俺のことを信用してんだか。不思議と心は浮足立った。



「会うに決まってるだろ」

 満足そうな笑みは『言うと思ってた』とでも言いたげだ。正直面白くない。子供のような反骨心は直後飛び出た言葉に消し飛ぶ。

「それで、うちのヘリを学園のヘリポートに停めてるんだけどさ。いつ向かう?」
「えっ?」

 ヘリポートに停めてる? それって誇張でも何でもなく『言うと思ってた』ってことじゃないか?
 普段通りの語調で告げる青は、俺の視線に「ん?」と首を傾げる。なんで心底不思議そうなんだよ。

「……、クラスの打ち上げに軽く参加してからでいいか」
「帰りが遅くなるぞ」
「いい、外泊届出す。今日土曜日だし、明日学園に戻ることにする」
「ふは、確かに」

 じゃあ、五時ごろに。
 そう言い合わせてヘリコプターに乗って――やってきたのは『夏目記念病院』。ヘリポートから病棟に入り、病室に向かう。なるほど、橙に分からなくて青に居場所が分かる訳だ。

「面会の許可は取ってる」

 誰に? 言いかけた疑問を慌てて飲み込む。代わりに一つ、疑問を吐いた。

「夏目はさ、死んでる人間にお礼を言う時ってどんな時だと思う?」
「………、そうだな」

 眉間に皺をよせ暫く考えていた青は、ぽつりと答えを口にする。

 ――相手を、愛おしいと思った時じゃないか?

「は、」
 
 予想外の言葉に唖然とする。答え合わせのつもりで聞いたのに、まさかそんなことを言われるとは。青らしいといえば青らしい。きっと、答えなんて人によって違うのだ。青が死人に礼を言う時は、その人を愛おしいと思った時なんだろう。

「……夏目は、俺が死んだ後に名前を呼ぶかな」
「呼ぶに決まってる。それこそ、うるさい!って帰ってきたくなるまで呼ぶからな。」
「……そっか。そりゃいいな」
 
 呼んで、ほしいなぁ。
 自分は夏目と呼ぶくせに。身勝手さに自嘲する。首を振って病室の扉をノックする。はぁいと返ってきた返事は、子供のころの母の声をしていた。期待しては沈む。三浦の答え、青の答え。扉を開けたその先で何が待っているのか、俺は薄っすらと理解していた。緊張に足が竦む。

「大丈夫」

 青が俺の手を握る。ほんのりと温かい人肌に、ふっと力が抜ける。励まされて歩を進めると、部屋の奥の方にベッドが見えた。母はそこに、腰掛けている。

「一秀、どうかした? ――って、あら?」

 弾む声と、優し気な響き。きょとんとした双眼が俺を見遣る。一瞬視線を落とした母は、隣の青を認めると短く嘆息する。観念したという面持ち。意志の籠められた真っすぐな瞳が俺を貫く。

「久しぶりね、由。私のかわいい子」





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