あの夏の日を忘れない
幕間 夏目久志side
 文化祭から三日が過ぎた。カタカタとパソコンのキーボードを叩く。

「よっし、ログインできた」

 夜の病院。親父の執務室に忍びこむのは容易かった。机裏を探るとIDとパスワードの書かれた紙。それをログイン画面に打ち込むと、電子カルテにアクセスされる。

 パスワードを紙で管理するとは我が親父殿は情報管理がなってない。こんなの、入ってくださいと言わんばかりじゃないか。

フリガナ検索に切り替え、入力する。検索する患者の名前は――椎名由衣。赤の母親だ。

 エンターキーを押す。検索。ヒットは一件。患者の最新の診療状況は……

「ビンゴ」
「なーにがビンゴだ、馬鹿息子」
「親父ッ」

 肩が揺れる。声の方へ目をやると呆れた表情の親父と片岡さんの姿。すっかりバレていたという訳か。

「いくら息子といえど、勝手に患者情報を盗み見るとはどういう了見だ」
「……知ってたんだな」
「何をだ」

 何食わぬ顔で返事をする父親に腹の奥がざらりとする。何を? 何をだって? とぼけやがって!

「赤の母親のことだよッ! この病院に入院してるんだろ!!!」

 執務机を叩きつける。机の上のカップが倒れ、中身が零れる。ひたり、床に雫が滴った。

「何かあったら力になるなんてほざきながら赤から母親を隠してたのかよッ! 赤が、どんな気持ちで、」

 言いたいことがまとまらない。うまく言えないことが悔しくて、気付ける立場にいながら何一つ理解していなかった自分が情けなくて。睨みつけるようにして見つめると、片岡さんが気遣わし気に視線を送った。

「旦那様、」
「いかん。話せない」
「なんでッ」
「――構いませんよ」

 言い募ろうとした俺の言葉を声が遮る。かつり、かつりと靴が鳴る。

「奥様が入院しているとバレたなら、全てを知ったうえで判断してもらった方がいいでしょう。彼は夏目の跡取りだ。自分で考え、選ぶだけの力はある筈。違いますか」

 この、声は。

 思い出すのは、GW。緑と桃がビードロに連れてきた、

「畠、一秀……」

 よ、と軽い調子で手を上げた男は困ったように目元を和らげる。

「どーも。由がお世話になってます」







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