あの夏の日を忘れない
46 漆畑蓮side
「……うっざ」

 隣でうじうじするな、鬱陶しい。
 舌打ちをするも青の調子は先程と変わらない。はぁぁと零される大きな溜息に思わず青の足を踏みつける。

「いってぇ!」
「溜息を吐くな、飲み込め。飲み下してそのまま死ね」
「フラれ仲間なんだからちょっとは仲良くしてくれてもいいだろ」
「一緒にするな」

 文化祭二日目、開場前。
 盛大にフラれた青は委員長権限で無理矢理見回りのシフトを組み込んだ。見回りは通常二人で行う。本来ペアになるはずだった赤は当初の予定通り一日フリーだ。という訳で本来見回りのシフトを割り当てられない情報担当の俺にお鉢が回ってきた。

 昨日の件が流石に堪えたらしく、今日の青はいつもとはまた違ったウザさを醸し出している。

「お前、本当に俺と一緒だと思ってんの」
「一緒だろ、フラれてるし。や、一生好きにならんとまで言われてない分橙の方が好かれてるかもな」

 ハハハと自嘲気味に零し、背中を丸めとぼとぼと廊下を歩く。下を向いて何を見回っているつもりなんだろうな、この馬鹿。

 あれで本当にフラれたと思っているあたり、本当に救いがたい。

「その程度かよ」

 奥歯を噛みしめる。目の表面に薄い水膜が張られる。青に悟られぬよう、吊り上げた目に力を入れる。

「橙?」

 立ち止まった俺に気付いた青が振り返る。きょとんとした表情。握りしめた拳に血管が浮いた。ずいと青の襟を掴み上げる。

「ずっと赤の隣陣取っておきながらッ! 自分だけは特別みたいな顔してッ? 何ひとつ伝えてねぇのに手繋いでッ!! 選ばれて当たり前みたいな、顔っ、してたくせに……ッ!!」

 咆哮。

「………、好きな奴が嘘ついたこともわからねぇくらいなら、さいしょから参戦すんじゃねぇよ」

 青は俺の行動に驚いているようだった。呆気にとられたような間抜けな表情から、「……おう」と小さな返事がかえる。舌打ちとともに襟を手放す。

「意外と熱血だな」
「俺お前のそういう無神経なとこ嫌い」
「ああそう? 俺案外お前のこと嫌いじゃないけど」
「そういうところも嫌い」

 けらけらと楽し気に笑う青に先ほどの悲壮な空気はない。俺の言った『嘘』の真意はまだ分かっていないようだが、おそらくは吹っ切れたのだろう。横でうじうじされるより不遜な態度で赤の隣に立たれる方がまだマシだ。

 青は、赤の癖を知らないのか。赤は気持ちを立て直したい時(往々にして嘘を吐く直前だ)にピアスを触る。青の告白の時にも触っていた。一見すると些細で見逃しがちの仕草。それでも、気付けた俺は運がよかった。

 ご親切に教えてやる気は毛頭ない。赤が嘘を吐いていることだけは教えてやったのだから、あとは自分でなんとかするだろう。青のことは気に食わない。付き合ってもいないくせに彼氏面してるのに正直ムカついていたので今回の件はざまぁみろとすら思っている。思っているが、赤が初めて会った時みたいな顔をしてるものだから、つい

「助けてあげたくなっちゃうでしょ」
「え、何? 助けてくれんの?」
「お前じゃない」

 鼻を鳴らし嘲笑う。
 青は不服そうな顔をしながら各出し物の安全点検をする。生徒に挨拶を返す青はすっかりいつもの風紀委員長サマだ。

 その姿に爪の先程の安心を覚える程度には、青のことも嫌いじゃない。なんて言ったら調子に乗りそうだからしっかり赤との墓場まで持っていく所存。

「な〜橙。見回り終わったら文化祭俺と回ろうぜー」

 うっぜぇ。
 元気でもしなびていても青はウザイ。

 前を歩く青にべぇと舌を出す。

「ぜっっっったい嫌だ!」






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