あの夏の日を忘れない
21
 もぐもぐとプリンを食べながら考える。ほら、と手渡された手拭いに礼を言いつつ、俺は内心頭を抱えた。

 なんで保護者みたいなのが増えてんだよ。気が付けば俺の周りには一年のF連中がずらりと控えている。助けを求め視線を彷徨わせると、目が合った三年にふるふると首を振られた。いや、助けて。

「ほら、口開けてください」
「自分で食べれるんだけど……」
「あーん」

 渋々口を開き、スプーンを受け入れる。うん、うまい。思わず綻んだ口元に、周囲から悲鳴が聞こえる。やめて。本当にやめて。

「ショタァ……ッ!」

 誰がショタだ。

 プリンを一つ開けたことに満足したのか、周囲は一旦落ち着きを取り戻す。今なら話ができるのではと思った俺は、ねぇ、と控えめに声をかけた。

「ん?」
「どうして俺を攫ったの?」
「お前じゃなくて、こないだの喧嘩に勝ったやつを攫いたかったんだよ。で、そいつを潰して俺らがトップ」

 だから夏目サマを攫ってボコさなきゃなァ、と威嚇するような表情で言った男に、こわぁいと返す。……果たして青がお前たち程度にやられるかな。

 じゃあさ、と話を切り出すと男は律儀に返事をする。

「なんでトップになりたいの?」
「なんで……? 当然、強いとかっこいいから、だろ」

 当然、と言う割にはその口調は自信がなさそうで。うろ、と仲間を見返したそいつに、俺はくすりと笑んだ。

「なに笑ってる」
「おかしいからさ。俺、本当はお前たちが何を求めてるか知ってるよ」
「な、にを」
「分からない?」

 唐突に変化した雰囲気に圧倒されたのか、表情は戸惑いに揺れる。

「代わりに言ってあげようか。お前たちが欲しい物。……俺も、欲しい物」

 怯えた様子の三年生と、呆然とした様子の一年生。それら一切を気にすることなく、俺は続きを口にした。

「誰かに必要とされたいんだろ。Fだからってだけで除け者にされて、それでも誰かに必要とされたくて上を目指すんだろ」

 だから中途半端に優しくするし、中途半端に乱暴になる。

「地位は、一種の居場所だ。そこは確かにお前のものだっていう、証だ」

 そうだ。俺だって確かにColoredを、風紀を与えられたのだから。

 Coloredは、赤のための居場所だ。赤を守るための組織だ。

 そう言って与えられた組織をどうして無下にできるだろう。

「なぁ、お前ら風紀に入れよ。お前らが必要なんだ。な、ついてこいよ」

 あの日言われたセリフをなぞるように招いてみせる。どうして、という声に必要だからと笑むと、酷い人選だと鼻で笑われる。

 ちら、と一年を見ると、やっと我に返ったのか目をカッと開いて射抜ける程の強さの視線を向けてくる。

「ショタじゃない!?」

 そこか!? 今の話聞いてそこか!?

 思わずげんなりした顔をした俺に、言い訳がましく言葉が続く。

「だって私たち、ショタコン・ロリコン仲間が多いからFにいるんですよ!」
「F組はショタコンとロリコンの巣窟……!?」
「おいやめろ巻き込むな一年!」

 やいのやいのと言い争いを始めた輩に、返事は? と促すと、考えておくと返ってくる。そうだな、今はそれでいい。分かったと頷く俺に、目の前にいた柴が黙って挙手をした。

「はい、柴くん」
「ゆっきーって呼んでくださいよ。……あなたはショタではないのですか」
「…っ、違いますねぇ」

 むせそうになるのを我慢し、否定する。はっきりとした否に、柴は頭を抱えた。

「ショタだけでなく高校生にもときめくなんて……私の性癖開拓しないでくださいよ……」
「してねぇよ」

 とんだ冤罪だ。にもかかわらず一年からはブーイングが飛んでくる。すごくうるさい。このショタコンめ。

「おにぃちゃんたち、静かに」
「はうっ」

 あっさりと沈黙を返したショタコンに、いよいよもって頭痛を覚える。どうしたものか。

「私は、」

 柴がポツリと話し出す。

「私は、もう画面のショタを見続ける生活は嫌です」
「柴ぁ!」
「っ柴さん……!」

 何かを決意した柴の声に、ショタコン共は共鳴していく。

「萌えてしまったのなら仕方ない! 私は私の性癖に素直に生きたい!! 由きゅん、私を風紀に入れてください!」
「俺も!!!」
「ぜひ!!」

 前のめりな姿勢で我も我もと寄ってくる一年。ありがたい、はずなんだけど。

 すごく嫌だ。
 なんだろう、すごく嫌。
 Fを風紀に取り込むことが目的だったはずなのに、めちゃくちゃ入ってほしくない。

 反射的に断りそうになったがしかし、当初の目的を自分に言い聞かせ、よろしくと返事をする。

「一応お前らには実働部隊として動いてもらう。執務室は人が足りてるんだが、イベント事になるとパトロールの手が足りねぇ。お前らの仕事は、パトロールがメインになるかな」
「そりゃ助かる。書類仕事なんて真っ平御免だ」

 不平の出ることなく意見をまとめた一年。お前らも、と三年に声をかけると、でもよ、と弱った声が返ってきた。

「あんなこともあったしよ」
「あぁ、強姦のことか」

 宮野の強姦。あれは確か三年が主犯だったか。

「お前はあれを許すのかよ」

 断罪を乞うような声。俺はそれを、

「許すわけないだろ」

 撥ね付けた。





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