36


 ボンヤリと己を見詰めたまま動かない南郷に、アカギは片眉を上げる。

「南郷さん?」
「・・・あ、あぁ、いや」
「もう少し眠ったら」
「あぁ」

 言われるままに寝ようと思ったが、ふと端に追い遣られている布団に気付いた。

「・・・アカギ」
「ん?」
「その布団、シーツ外して干しておけよ」
「え」
「面倒とか言ったらもう何もさせないぞ」
「じゃぁやったら何かしても・・・」
「あぁいいよ」
「・・・」

 どうやら開き直ってしまったらしい南郷にアカギは眉を上げるが、クッと喉で笑えば、分かったよとだけ告げて、動き始めた。
 そんなアカギの立てる物音を聞きながら、南郷は再び眠りに落ちていく。誰かの立てる物音に、煩さよりも安心を感じるのは、久し振りだった。
 それから暫くして、南郷が目を覚ましたのは昼を過ぎてから。
 目を開けて、視線だけで部屋の中を見回せば、窓を開けたままでアカギが日に照らされながら眠っているのが見えた。猫のように身体を丸めている。上半身は裸のままだったので、日に焼けて痛くなりそうだな、とボンヤリと思った。
 それから恐る恐る身体を起こせば、どうやら動ける程度には痛みは治まったようで、まだ多少下半身に鈍痛は感じるが立つことは可能なようであった。拭いてもらったおかげか身体は気持ち悪くなく、今更ながらアカギに感謝する。
 窓の外を見れば布団はちゃんと干されていて、よし、と頷いた。起き上がると服を着て、放り投げられていたシーツを丸めて洗濯物を入れておく袋に詰め込む。ついでに包帯も放り込んだ。
 不意に南郷の腹が鳴る。

「・・・食ってないもんな」

 そう呟けば、冷蔵庫に向かい中を覗いて物色した。適当に食材を見繕えば、簡単なものを作り始める。
 その音と香りで、アカギは目を覚ました。

「・・・南郷さん?」

 アカギの小さな声に南郷は気付いていない様子だった。
 ゆっくりと身体を起こして台所を見ると、料理をしているらしき南郷の背中が見える。妙な安堵感を感じて、アカギは再び畳に転がり、その姿を見詰めた。
 いつか、遠い昔、これと同じ感覚を味わっていた頃がある。
 だがあまりに古過ぎる記憶なのか、アカギはボンヤリとしか思い出せない。きっと母親というものが居た頃の事なのだろう。
 ほとんど記憶にはない、母の面影。それを、男らしいと一般的には分類されるであろう南郷の背中で思い出すなんて、変な話だと、アカギは少し可笑しくなった。
 そんなことを考えていれば、ふと南郷が振り返ってアカギに気付いた。

「なんだ、起きたのか」
「・・・うん」
「ちょうど良かった。もうすぐ飯できるぞ」
「南郷さん、動けるんだね」
「あぁ、まだちょっと腰痛いけどな」

 アカギは笑いながら身体を起こした。それから思い出したように布団を取り込んで、窓を閉める。
 干し終えたばかりの布団は適当に押入れに詰め込んだ。

「よーし、出来たぞー」

 既に香ばしい香りが部屋には満ちている。ようやくアカギも自分の空腹に気付いたようだった。
 それから二人で食事をし、夕方になって銭湯へ向かった。
 情事の痕跡はさほど残っていないおかげで、堂々と風呂に入れる。跡を残すほど強くは肌を吸われなかったことに、南郷は心底ホッとしていた。
 アカギはと言えば、熱い湯を浴びて肌に違和感を感じていた。酷くはないが、ピリッとした痛みを感じたのだ。

「・・・南郷さん」
「ん?」
「俺の背中、引っ掻いた?」
「は?」
「昨日、最中にさ、爪立てた?」
「なっ・・んなことするか馬鹿!」
「じゃぁ噛んだとか」
「はぁ?」
「なんかピリピリする」
「どこが」
「どこか」
「お前それ、多分日焼けだぞ」
「え」
「窓開けっ放しで寝てるからだ」
「あぁ」
「日向ぼっこするには日差しが強過ぎたな」

 南郷は笑いながら、殊更に熱い湯をワザとアカギの腕にかける。ビクッと肩を揺らしてアカギは南郷を睨んだ。
 傍から見れば仲の良い親子か兄弟、親戚でも何でも良い、とにかく顔見知りの男二人が風呂場でじゃれているだけに見えるだろう。だが会話が丸々聞こえていた両隣の客は、最初の方の遣り取りに思わず硬直しているのだった。
 そんなことには気付かない天然、南郷。
 気付いているが気にしない悪漢、アカギ。
 下手をすれば性犯罪ものだと安岡に散々言われたことが、全くもって効果を得ていないようであった。
 さて風呂も終えれば、コインランドリーでシーツやら包帯やらを回し、相変わらずベンチに腰掛けて終わるのを待つ。

「南郷さん・・・」
「ん?」

 南郷は銭湯に来る途中で買った新聞を広げていた。

「今夜もシていい?」

 思わず南郷はベンチからずり落ちかける。

「なっ、おまっ、昨日の今日で何言ってんだ!」
「良いじゃない」
「良くねぇよ!俺まだ腰に残ってんだぞ!」
「いっぱいした方が早く慣れるって」
「そういう問題じゃないだろ」

 余りある若人の性欲を諭そうとした南郷だが、ハッと我に返る。
 少なからず他にもいた客の視線が集まっていた。

「・・・」
「南郷さん?」

 ちょうど機械が止まり、南郷は慌てて洗濯物をしまい、コインランドリーを後にしたのだった。アカギも追うようにそこを去る。

「どうしたのさ」
「ああいうとこでああいうことを言うな」
「ん?」
「バ、バレるだろ」
「それってよくないの」
「非常によくない!」

 赤くなって足早に歩く南郷を見れば、恥ずかしいのかとアカギは思うが、ふとここでようやく安岡の言っていたことを思い出す。安岡の報われる瞬間だ。

「・・・あぁ、そうか」

 世の中の法律では自分と南郷がセックスをすることは許されていない。何故かは知らないがそういうルールなのだろう。
 アカギはそんなこと関係ねぇなと思ったが、どうやら南郷はそうもいかないらしい。安岡の言うことを鵜呑みにすれば、この場合、南郷の方が悪いことになる。やはり何故かは分からない。だがアカギは、隠すのも面倒なのに、と感じた。
 大体、隠していてはいつ南郷に悪い虫が着くか分からない。自覚はないようだが南郷は案外に女にモテるのだと、アカギは思っている。しかも自分を好むのと同じ類の女たちにだ。
 本人が気付いていないおかげで今はアカギのものになっているが、どうなるかなんて分からない。
 世の中に確かなものなど無いことを、この少年は知っている。
 自分だけ、自分の感覚、才能だけが、唯一信じられるものなのだ。
 そしてその感覚は、南郷を確実にアカギだけのものにするのは不可能だと告げている。分かってはいるが胸がザワついた。
 南郷の方は、どうやらコインランドリーでの動揺も落ち着いたのか、アカギに夕飯は何が食いたいかを聞いてくる。アカギはやはり、何でも良いと告げた。アパート近くの総菜屋で適当におかずを買い、帰った。
 だが、いざ夕飯を食べようとした頃に、南郷は腹の不調を訴える。二人で首を傾げたが、とりあえずアカギは飯を食い、南郷は食べられなかった。
 食事を終えて、昨晩のことをダシに片付けを命じられたアカギが大人しくそれに従っていれば、腹の違和感から急に下した南郷が便所にこもった。随分と苦しんだ挙句にようやく出てきて、布団に転がる。

「何か変なもん食ったか?俺」
「さぁ。俺と同じもん食べてるよね」
「お前が居ない間に食ったもの・・・」
「料亭で食べたものじゃない」
「まさか変なものは出さないだろ」
「そう」

 げっそりした顔でうつ伏せになっている南郷と、それを見ているアカギは、同時に何か思い当たったようで、二人一緒に「あ」と声を上げる。

「・・・おい、嘘だろ」
「残ってたんだ、きっと」
「拭いたろ」
「漏れた分はね。あれで全部じゃなかったんでしょ」
「簡単に言うなよ」
「仕方ないじゃない。知らなかったんだし」
「知っててもお前やったろ」
「かもね」
「拭くだけじゃダメってか」
「今度からは指とかで奥まで綺麗にしないとね」
「それ以前にもう中に出すな!」
「・・・」
「なぜ無言なんだよおい」
「約束は出来ないから」
「させないからな」
「どうかな」
「アカギぃ」

 なるほどつまりアレしかないだろう、と二人は皆まで言わずとも同じ認識をしているようだった。
 布団の上で深い溜息を零す南郷を見ながら、クックッと笑みを零すアカギ。

 それはある日の夜の、静かな時間。
 昭和の暑い夏、男には少年がいつも通りに見えていたが、これほどまでに穏やかに笑うのは初めてなのだと、少年だけが気付いていた。
 そんな、関係。


END

コレカラモキット

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