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「アカギ、こっち来い」
「ん?」

 言われるままにアカギは南郷の方に歩み寄って座り込んだ。南郷は重い手を動かして傷の辺りを撫でる。

「包帯、外れちまったな」
「アンタが善がって俺の髪握ったから」
「善がってとか言うな」
「本当のことじゃない」
「ったく」
「別に平気だよ。どうせ明日には取って良いって言われてるんだし」
「でもなぁ」
「邪魔だったから調度良い」

 アカギはかろうじて一巻き分ほど残っていた包帯もシュルリと解いてしまう。

「お、おい」
「大丈夫だって」

 南郷はついまた、心配気な表情で傷のある部分を撫でた。そんな南郷を見てアカギは小さく呟く。

「包帯よりこっちの方が効きそうだ」
「え?」
「いや」
「痛くないか」
「全然。俺よりアンタのが今は重症だろ」
「・・・」

 包帯を適当に放り置いて、寝ようか、とアカギは促す。だが布団の惨状を見れば南郷は頬を引き攣らせた。

「アカギ、布団、もう一つあるから出してくれ」
「・・・面倒だよ」
「出さないともう何もさせないぞ」

 南郷は上手いことアカギを動かそうとずるい条件を提示したつもりだったが、アカギはそれを聞いてニッと笑う。

「じゃぁ布団出せばまた何かして良いわけだ」
「っ・・・」

 しまった。
 またもや南郷は墓穴を掘る。

「じゃぁ出すよ」
「お、おいっ」

 既にアカギは立ち上がって押入れを開けていた。機嫌良さそうに、鼻歌でも出そうな勢いで唯一の客用布団を出している。
 敷かれていた布団は端に寄せて、新たに敷いたその布団に南郷は再び四つん這いで乗れば、ゴロリと仰向けに転がった。その隣にアカギも転がって、掛け布団を羽織る。そして南郷の胸にゆっくりと抱きついた。

「南郷さん」
「ん・・・」

 布団に横になった時点で既に眠りに落ちかけていた南郷は、ボンヤリとした返事をする。

「勝負事以外で俺を満たしてくれたのは、アンタが初めてなんだ」
「・・・そう、か・・・」

 聞こえているのかいないのか、南郷の目はもうほとんど閉じている。

「アンタは酔ってたけど、ずっと一緒だって、言ったよな」
「・・ん・・・」
「忘れるなよ」
「・・・」
「南郷さん、アンタが好きなんだ」
「・・・」

 返事はなく、既に南郷は静かな寝息を立てていた。アカギはその横顔を見詰めて、それから静かに目を閉じる。
 そして寝息が二つ、重なっていった。


***************


 次の日。
 空は嫌味なほどに晴れていて、瞼の上から刺激する日光で南郷は目が覚めた。ピクリと瞼が震え、ゆっくりと開いていく。薄汚れた天井は見慣れたもので、顔を横に向ければ、そこにもつい最近見慣れたばかりの顔があった。

「・・・」

 やがてジワジワと、昨晩のことが思い出される。途端にボンッと南郷は顔が赤くなってしまい、落ち着け落ち着けと自分に言い聞かせ深呼吸を繰り返す。
 その動きに気付いたのか、アカギもどうやら夢から覚めたようであった。

「ん・・・」

 軽く身じろぎをして、目を開ける。

「あぁ、おはよう、南郷さん」
「あ、あぁ!」

 アカギは南郷の腹に巻きついていた手を離し、ゆっくりと身体を起こす。掛け布団が落ちればアカギも南郷ももちろん裸で、下着だけは着けているが、何故か朝日の中だとその事実が生々しく感じ、南郷は口を閉じたり開いたりさせた。

「ん?どうしたの」
「い、いや・・・」
「あ、どっか痛い?」
「まさか!全然どこもっ・・・」

 言いながら起き上がろうとして、途端、激痛に襲われる。

「っっっ!!!」

 ピキッと硬直して、起き上がりかけた背中が自然と布団に落ちた。

「・・・大丈夫?」

 アカギはゆっくりとした動作で顔を覗き込んだ。南郷は固まったまま何も言えない。

「大丈夫じゃ、ないよな」
「・・・」
「休んでなよ」
「アカギぃ」

 不意の優しさに南郷はジワリと熱いものがこみ上げる、が、すぐにそれは打ち消された。アカギはニッと意地の悪そうな笑みを浮かべて南郷を見下ろす。

「そのうち慣れるよ、きっと」
「・・・」
「慣れてもらわないと」
「この、悪魔め」

 アカギはクックッと笑い、それから背伸びをした。南郷はそんなアカギを睨みながら、ボソリと「風呂に入りたい」と呟く。

「動けないじゃない、アンタ」
「誰のせいだ」
「・・・ちょっと待ってて」

 アカギは台所に行くと湯を沸かし始める。南郷は嫌な予感がしたが、止める術がない。
 そして予想通り、ぬるま湯を溜めた洗面器と手ぬぐいを手に戻ってきた。

「おい、アカギ」
「拭いてあげるよ」
「い、いらない」
「俺のせいで動けないんだから、これくらいはするよ。俺のせいで動けないんだからね」

 二度同じことを言う辺り、さっきの言葉を根に持っている。というより楽しんでいる。

「ゆ、夕方にはきっと動けるから、そしたら銭湯行こう、な?」
「それまでそのままで居る気なのアンタ」
「うっ・・・」
「どこもかしこも俺に見られてるんだから、今更でしょ」

 そうサラリと言うアカギに南郷は赤くなるしかなかった。それから丁寧に身体中を拭かれる。最初は抵抗していたものの、動くたびに腰と尻が痛いし、拭かれるのもだんだんと気持ち良くなっていって、まぁいいかと身を任せた。
 まるで世話をされている老人のようだと少し思うが、老人は尻に痛みを感じないだろうと思い直す。

「はい、終わり」

 拭き終わればアカギは台所に戻り、自分の身体も拭いているのか水音が聞こえる。戻ってくれば適当に自分のズボンとTシャツを身に着けて、窓を開けた。
 風が吹き込んで、ようやく二人は今が夏だったことを思い出す。
 南郷は、今の気温の高さなど昨晩の熱に比べれば大したことはないなと考えながら、風に吹かれているアカギを見詰めた。それから、畳に落ちていた包帯が風に揺れているのに気付いて、南郷はアカギに声を掛けた。

「アカギ、傷、大丈夫か」

 アカギは窓の方から南郷を振り返り、笑顔を浮かべた。

「大丈夫だよ。本当に心配性だな、南郷さん」

 強い日差しに照らされる白い肌の少年は、酷く綺麗に見えた。

アァスキナノダト

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