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「起きてたか」
「まぁね」
「昨夜は大変だったんだぞ。お前さんの治療が終わって廊下に出れば、この男が縋り付いてきてな、アカギは大丈夫かと喚くもんだから、いや、患者より扱いに困ったわい」

 南郷は赤くなって「すいません」と小さく謝罪をする。

「まぁ病室まで運んでくれたのは感謝するがなぁ」
「南郷さんが?」
「あぁそうとも。まったく、今は入院患者がおらなんだから良かったものの、あんな騒ぎはもう勘弁してくれよ?」

 再び南郷は「すいません」と謝罪を繰り返した。
 それからアカギの頭から包帯を外して傷を見ると、看護婦に何かしら伝えている。カルテに簡単に何か書き加え、結果を告げる。

「まぁ昨晩も言ったが、大したことはない。包帯も明日には外していいぞ」

 看護婦が、新しい包帯をアカギの頭に巻き直し始めた。

「風呂も、頭を避ければ入っても構わんよ。」
「良かったなアカギ」
「二、三日後にまた来なさい。抜糸するから」
 随分と簡単に言うものだから、南郷は少しだけ不安になったか、念のため確認をする。

「本当に大丈夫なんですか?抜糸とかってそんなすぐに・・・」

 南郷は病院のお世話になったことがあまりない。そのせいか医者の言うことは丸呑みするしかなかった。

「何、ちょうど傷の場所が出血しやすい位置だっただけでな、怪我自体はそう酷いもんじゃないよ」
「そうですか」
「縫ったのもたかだか一針と二針。まだ若いから治りも早い。一日二日で傷はくっつく」
「はぁ」
「引っ掻くのだけは気をつけるんだぞ」

 老医者はそう言うと、人の良さそうな笑顔を残して病室を去って行った。
 南郷は受付を済ませて、アカギと共に病院を出る。

「良かったな、大したことなくて」
「俺そう言ったじゃない」
「そうだったか?」
「まぁいいけどね」
「腹、減らないか」
「うん、減った」

 そんな会話をすれば、帰り途中でいつかも行ったアパート近くの定食屋に寄った。
 奥さんはアカギの顔を覚えていて、再びの来店を喜んでいるようだった。
 アカギの頭の包帯に驚いているようだったが、大したことはないと説明すればそれ以上聞いてくることはなかった。
 だがそれでは終わらない。何故なら本日は土曜。
 いつかのようにまた学校のことを聞かれたのだ。午前中、学生は本来なら学校に居る。
 頭の怪我を理由にする手もあったが、南郷はそこに思い至らないほど性懲りも無く冷や汗ダラダラで、答えに窮していた。
 するとアカギが横から口を出す。

「今日は叔父さんのとこに引っ越す準備をしてて」
「え、あらあら、一緒に暮らすの?」
「えぇ、ちょっとウチ色々あって、叔父さんのとこで暫くやっかいになることになったんですよ」

 深い事情までは探ってこないだろうという、ここの夫婦の人柄を計算した上での嘘であった。
 これで今後、またここに来ても不思議がられない。
 先も読んだ内容である。

「ね、叔父さん」
「あぁ、そう、そうなんだよ」
「良かったじゃない。男一人で寂しい生活に、少しは活気出るんじゃないの?」
「酷いなおばちゃん」

 笑いながら場を凌いだことに安堵する南郷。
 それから二人、また同じサバ味噌定食を食べてから家に戻った。
 部屋に入ればアカギは扉に鍵を掛ける。南郷はそれに気付かずジャケットを脱いで背伸びをしていた。ゴキゴキと、どこの骨からかも分からない音が聞こえる。

「椅子に座ったまま寝ちまったからなぁ、あちこち軋んでる」

 笑って振り返ればアカギはカッターシャツを脱いでいて、着替えるのだろうかと南郷は首を傾げた。
 脱いだシャツをポイと放れば、さてと、と一言。

「南郷さん」
「あ?」

 手招きをされて南郷はアカギの方に歩み寄る。

「よいしょっと」

 と言うアカギの声と共に、南郷の視界はグルンと回って、気付けば背中からボスンと布団に倒れていた。
 油断していたとは言えこうも簡単に倒されるとは、もしやアカギは合気道か何かをやっているのではないだろうか、とそんなことを考えていた南郷だが、ハッとすぐ我に返る。
 アカギが南郷の腰に跨ってTシャツを脱ごうとしていたのに気付いたからだ。

「ま、待て待て待て!」
「何」
「何、じゃないだろ!」
「ん?」
「な、何しようとしてるんだ」
「何って・・・ナニでしょ」
「待てー!!」
「どうしたのさ」
「どうしたもこうしたもあるか!」
「約束しただろ?俺が勝って、アンタは俺のもの」

 言ってアカギは脱ぎかけていたTシャツにまた手を掛けるが、南郷が慌ててその手を抑えた。

「お、おい!まだ昼だぞ!」
「別に関係ないよ」
「こ、こんな明るいうちにんなこと出来るか!」
「暗ければ良いわけだ」
「いっ・・・」
「じゃぁ夜にね」

 やられた。誘導だ。もう逃げられない。
 ガックリと肘を突いている南郷の上から簡単にどいたアカギは、隣に転がってニッと笑む。

「約束だぜ?南郷さん」

 悪魔だ・・・としか思えない南郷であった。
 それからアカギは布団に転がったままで、ウト、と目を閉じ始めた。

「俺、少し、寝るよ・・・」

 昨晩は麻酔で熟睡したものの、案外に短時間であった事と、腹が膨れた事と、色々が重なって睡魔に襲われたようであった。
 特に南郷の返事を待たず、アカギは静かに眠りに落ちる。
 寝息を聞きながら南郷は唖然とその寝顔を見ていた。

「・・・勝手な奴だ」

 それから、眠るアカギを見詰めつつ、痛々しく見える包帯をソッと撫でた。
 若干十三歳に俺は掘られちまうのか?おい。
 と生々しいことを自問自答するも、答えは出ない。
 強いて言うならばアカギの望むままに、ということだけだ。

「ったく、なんだかなぁ」

 南郷は自分の気持ちが分からない。
 アカギの言う『好き』がまさかそういう『好き』だとは思っていなかったが、それが分かってもあるのは驚きだけで不快はない。
 さらに言うなら、今更ではあるがアカギとの接吻にも不快はなかった。
 今思えばあれだけのことをされていて何も気付かなかった自分に南郷は驚く。鈍感なのは自覚があったが、ここまでだとさすがに少し自己嫌悪に陥った。
 それからハタッと、バーや料亭での、安岡とアカギの会話を思い出した。
 まさか安岡は気付いていたのかと、疑いと恥ずかしさに一人悶えた。
 その波が治まれば、ハァと一息。改めて眠るアカギを見る。

「・・・俺なんかの、どこが良いんだよ、お前」

 隣に転がったままそうボソリと呟いた。
 アカギは確かに大事だ。昨晩そう思い知らされた。
 共に落ちるのはまだ良い。勝負に負けたとき、それは共に死ぬときだ。
 だがあの怪我は違う。南郷を置いてアカギだけが死んでしまうかもしれない。
 それが酷く辛かった。短い同居生活が、こんなにも自分を蝕んでいたのかと驚いた。
 そう思えば、アカギが望むようにさせてやることに、なんら迷いはない。
 いや、まぁ、内容が内容なだけに男として捨て切れないものもやはりあるのだが、アカギの熱を含んだ瞳を前にすれば、なけなしのその抵抗さえ消え去ってしまうのだろう。
 だが敢えて言うなら、ただ未成年であるということが、少しだけ罪悪感に苛まれる要因だ。
 ふとそこで思い出す。
 そういうばこの少年は妙に手馴れている。
 キスから、何から。
 普通は初めてのときはもう少し慌てるものではないだろうか。
 押し倒して乗っかってきた時でさえ至極冷静に見えた。
 だがそれはそれで南郷の勘違いである。
 南郷に圧し掛かっていたアカギは自然と心臓を高鳴らせていたが、顔に出ないだけなのだ。

「おいおい、お前、どんな生活してきてるんだよ」

 思わずそう呟くが、溜息をついてから、南郷は布団に顔を埋めた。
 もうどうでもいいかと。
 アカギが望むならそれで良い。
 しかも困ったことに、罪悪感を別にすればさして嫌だと思っていないのだ。
 グルグル考えることを止めた南郷の頭は、すぐに睡眠を要求してきた。昨夜は心配であまり眠れていない。
 そのままアカギの隣で、南郷も眠りに落ちていく。

モウニゲラレナイ

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