26


 医者は扉が閉じられてからようやく一息ついた。

「随分と心配性な父親だの」
「親じゃないよ」
「あぁ、父親にしては若いと思ってた。じゃぁ兄弟か」
「いや」
「ん?親戚か」
「赤の他人」
「そりゃまた、面白い」
「まぁね」
「赤の他人のために、こんな時間に老人に労働を強いるわけか」
「南郷さんが勝手にやったんだよ」
「よっぽどお前さんは大事な子らしいの」
「そうみたいだね」
「お前さんも、あの男が大事か」
「え?」
「見りゃ分かる。伊達に歳は食っとらん」
「・・・」
「どんな関係かは知らんが、まぁとにかく今は、その傷を何とかしよう」

 この老人にはどこまで見えていてどこまでの事を言っているのかはアカギには計りかねたが、だが悪い気はしなかった。
 老医者は針などを用意している。

「アンタが縫うの」
「他に誰が居る」
「・・・」
「腕は確かじゃよ」
「まぁ、いいけど」
「大した治療じゃないが個所が頭だ。念のため麻酔をかけるから、今夜はここに泊まっていきなさい」
「泊まらなきゃダメ?」
「あの男には私から言っておくから」

 老医者はアカギを診察室のベッドに寝かせると、注射を打った。
 すぐに睡魔に襲われて、アカギは眠りに落ちていく。


****************


 アカギの目が覚めると、そこは見知らぬベッドと見知らぬ天井。染みのあるカーテンから差し込む明かりで、まだ朝方なのが分かった。
 夕暮れとは違う、青を帯びた日光。
 体を起こせば南郷が傍に居るのに気付いた。ベッドに上半身を伏せて眠っている。
 手を握られているのに気付いて、そのままにしておいた。
 辺りを見回せば、どうやら病室に移されたようであった。
 握られているのとは逆の手で頭を触ると、ご丁寧に包帯が巻かれている。

「大袈裟だな・・・」

 思わず一人、そう呟いた。
 すると手元で南郷の巨体が少し揺れたことに気付く。どうやらアカギが動いたことで覚醒を促したようだ。

「ん・・・」
「南郷さん」
「え・・アカギ!」

 ガバッと起き上がってアカギの肩を掴む。

「大丈夫か!」
「あぁ」
「そうか、良かった・・・」

 南郷はヘナヘナとベッドにまた伏せる。
 それから顔を少し上げて、良かった、ともう一度言って微笑んだ。

「あの医者も言ってたじゃない。大したことないって」
「いや、実は、あんまりよく覚えてなくてな」
「・・・やっぱり」
「お前の怪我に気付いて病院連れてきたことは何となく覚えてるんだが」
「凄かったよ」
「そ、そうか。すまんな」
「まぁいいけど」

 南郷は照れ臭そうに頬を掻きながら、傍にあった水差しから水を注いでアカギに渡す。
 アカギはそれを飲んでからまたベッドに背を倒した。

「もう帰っていいの」
「あぁ、病院開ける時間になったら先生も来るだろ。そしたら帰ろう」
「うん」

 南郷は病室の壁に掛かっている時計を見た。
 呼べば医者は来るだろうが、昨夜は遅くに強引に起こしてしまったことを考えてか、大人しく待つことにする。

「南郷さん」
「ん?」
「昨日のこと、どこまで覚えてる」
「あー・・・料亭で飲んで、家に帰って、お前の傷に気付いて、病院連れてきて」
「ちょっと戻って」
「へ?」
「俺の傷に気付いた辺り」
「ん?」
「そのちょっと手前」
「・・・」
「覚えてる?」

 南郷は暫し視線を窓に向けて、記憶を探っているようだった。
 したたか酔ってはいたがヘベレケだったわけではない。
 だがアカギはあまり期待せずに考えに耽っている南郷を見詰めた。

「・・・あ」

 南郷はそう声を漏らした瞬間に、一気に耳まで赤くなる。

「っっ!」
「覚えてるんだ」
「い、いや、そのっ、覚えてるというかっ、お、俺の記憶違いかとも思うんだがっ・・・」

 南郷は赤い顔のままでワタワタと手を振る。

「記憶違いかどうか、言ってみてよ」
「え!あ、いや!」
「じゃぁ俺が言おうか」
「そ、それもっ、ちょっと、あのっ・・・」
「アンタを抱きたい」
「っっっっ!」
「どう?記憶違いだった」
「・・・」
「俺のもんになってっていうのは、つまりそういうことだから」
「あー、その、なんだ」
「言っとくけど、逃がさないよ」
「へ?」
「変えられねぇさ、俺の勝ちだ」
「アカギぃ」

 途端に情けない声を出して南郷は背を丸める。

「俺なんかの、その、何が、良いんだ」
「さぁね」
「こんな硬い体なんぞを、だ、抱きたい、なんて、お前おかしいぞ」
「今更だろ」
「だがアカギ」
「アンタは嫌なの」
「え?」
「俺とそういうことするの、嫌かい、南郷さん」
「嫌というか、その、男同士、だろ」
「だから?」
「普通じゃ、ない」
「普通かどうかはどうでもいいさ。俺のこと好きだって、アンタ言ったじゃない」
「うっ・・・」
「じゃぁ、抱かれるんじゃなくて抱く方なら良い?」
「なっ!」
「俺じゃ勃たないか」
「いや、そういうわけじゃ!」
「へぇ」
「っ!」
「まぁ何にしろ俺が抱くけど」
「おい!」
「アンタを俺のもんにする。それは変わらない」
「お前な」
「観念しなよ、南郷さん」
「アカギぃ」
「あぁ、観念じゃなくて、覚悟かな」
「・・・頭痛い」
「二日酔い?飲み過ぎだよ」

 しれっと笑みを浮かべてそんなことを言うアカギを、南郷はただ情けない顔で見るのだった。
 それからさほど時間を置かず昨晩の医者がやってきて、起きている二人に驚いているようだった。今度は看護婦を携えている。

モウニガサナイ

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