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「お、お前、切れてるじゃないか!」
「あぁ、うん」
「うんじゃないだろ!けっこう深くないかこれ」
「血は止まったし、平気だよ」
「馬鹿言うな!」

 血でよく見えないが切れてる個所は一つではないようで、髪をあちこち掻き分けてみる。
 確かに出血は止まっているが、南郷の心臓は途端に激しく鳴り始めた。頭部の怪我は、腹部の刺し傷同様に危険である。

「こ、これ、いつ、のだ」
「昼間に南郷さんと別れた後」
「お前、喧嘩しに行ったのか」
「喧嘩っていうほどじゃないよ」
「でもっ」
「っ・・・あんま触らないで」
「わ、悪い!」

 ふと気付けば、白いシャツの襟にも茶色い染みがある。
 明らかに血痕だ。
 何故気付かなかったのか。
 勝負前はでか過ぎるレートによる緊張と焦り、そして勝負後は勝利の喜びと酒の酔い。
 そのせいで、今の今まで気付けなかった。

「あ、アカギ、なんで言わなかった」
「言うほどじゃないし」
「この馬鹿!」

 南郷はアカギの肩を掴んで引き剥がした。
 泣きそうな顔をしている南郷に、アカギは驚く。

「・・・どうしたの」
「お前がそんな無茶するからだ!」
「でも俺、生きてるよ」
「そういう問題じゃない!」
「南郷さん、泣かないでよ」
「泣いてない!」
「でも泣きそうじゃない」
「お前が死んだら、泣くさ」
「・・・」
「死にそうな怪我をしても、泣く」
「・・・」
「死ななくても、怪我したら、心配だろうが」
「・・・」
「俺はお前のもんなんだろ?じゃぁ俺を放って勝手に怪我なんてするなよ」

 アカギは呆然と南郷を見詰めた。
 南郷は確かに泣いてはいないが、完全に涙を溜めている。
 その姿にアカギの胸はザワついた。
 死線を掻い潜るあの瞬間とは違う、生を感じる瞬間、興奮。

「南郷さん・・・」

 自然とアカギは南郷の唇に己の唇を寄せていった。
 視線を伏せてしまったせいでそれに気付かない南郷は、到達される前に口を開いた。

「ごめんな、アカギ」
「え?」

 唐突な謝罪にアカギの動きが止まる。

「気付いてやれなかった」
「別に構わないさ」
「その血にも、怪我にも」
「仕方ないじゃない」
「もっとお前のこと考えてやれば、見ててやれば」
「南郷さん、落ち着きなよ」
「俺は自分のことばかり考えて・・・」
「なぁ、南郷さん」
「すまんアカギ!」

 南郷は不意にアカギを強く抱き締める。
 見た目通りの腕力にアカギは絞め殺されそうになって南郷の背を思い切り叩いた。それに気づいて南郷は腕の力を緩める。

「わ、悪かった」

 アカギは息を整えて南郷を見ると、どうやら彼はショックと酔いと、ごちゃ混ぜになっているようだった。

「南郷さん、分かったから」
「アカギ、お前が大事だよ、俺は」
「・・・は?」
「今更気付いたんだ。お前が大事なんだ、俺は」
「はぁ」
「数日しか一緒に暮らしてないが、この生活が俺は好きだし、お前が居ると幸せなんだ!」
「いや、あの、南郷さん、ちょっと、落ち着いて」
「アカギぃぃぃ!」

 再び圧迫の抱擁が施され、またアカギは南郷の背を叩く。南郷はやはり慌てて腕を離した。

「わ、分かった、から。もういい、今夜は、寝なよ、南郷さん」
「その傷そのままにしたらダメだろ!」
「え?」
「病院だ病院!」
「でももう時間も遅いし」
「ほら来い!」

 もうとりあえず抱くことも触ることもどうでも良いから南郷を眠らせたいアカギだったが、南郷はそうもいかないようで、アカギを抱き上げて立ち上がる。お姫様抱っこというものをされた状態で、アカギは額に掌を当てて目を閉じるのだった。

「なぁ、南郷さん・・・」
「すぐに連れていくからな!」

 酔っ払いだ。
 ただの酔っ払いがここに居る。
 一瞬は覚めたようだったが、傷を見逃していたショックと混乱から酔いが舞い戻ったのだろう。
 アカギは今夜はとにかく色々と諦めたものの、この格好でアパートを出ることだけは阻止したい。

「分かった、病院行くから、降ろして」
「歩けるのか!」
「散々歩いてたじゃない、俺」
「そ、そうだな」
「ほら、降ろして」

 言われて南郷は渋々アカギを降ろす。
 地に足をつけた本人は溜息混じりに肩を竦めたが、そのまま引きずられるようにして病院へ連れて行かれた。
 一番近い個人病院は深夜の救急病棟も置いてない所であったが、南郷が必死に扉を叩けば医者が起き出して来たようで、ようやく顔を覗かせたのは老人の医者であったが、眠そうな目を擦りつつも二人を中へ通し、看護婦も居ない深夜の診察室でアカギの頭を診てくれた。

「あぁ、こりゃまた派手にやったもんだ」

 椅子に座っているアカギは自分のことながら無関心で、むしろ後ろに立つ南郷の方が熱心に診察を見守っていた。
 最初は迷惑そうだった老医者も、南郷の様子に絆されたようであった。

「よく放っておけたねぇ。痛くなかったの」
「少し」
「血も随分出たろう」
「最初は」
「かなりの無頼漢だねぇ。あぁいや、無頓着というか、鈍感というか」

 歳を取ると一言多くなってしまうのが人の性である。

「少し縫わんといかんぞ、これは」
「あぁ、そう」

 適当に返事をするアカギを差し置いて南郷がグイッと医者の前に出る。

「ぬ、縫うんですか!大丈夫なんですか!」
「血も止まってるし、大したこたないよ」
「でも縫うんですよね!」
「まぁ放っておけば開くからなぁ。縫わんといかんが」
「縫えば大丈夫ですか!」
「だからそう言ってるだろうが」
「よ、良かった!」
「・・・アンタ、ちょっと出ててくれ」
「えぇ!」
「治療の邪魔だよ」
「でもっ」

 さすがに無視を決め込んでいたアカギも手を伸ばして、南郷の腕を掴む。

「南郷さん、すぐだから」
「・・そ、そうか」

 よろしくお願いします、と言うと南郷は名残惜しそうに診察室から出て行った。

アナタダカラ

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