21


 次の日、しっかりと学校に行かされたアカギは意味があるのかどうかも分からない授業を受けて、放課後になった。授業には意味があるかもしれないが、ほとんど聞いていないのだから意味はないも同然である。
 そして帰り際、アパートの近くで声を掛けられた。
 見れば少し離れた所に黒いキャデラック。そして声を掛けてきた男は黒スーツにサングラス。
 堅気ではないのは一目で分かった。

「お前だな、アカギってのは」
「アンタ誰」
「川田組のもんだ」
「へぇ」
「拉致しようってんじゃねぇから安心しな」
「別に心配もしてないけど」
「生意気なガキだ」
「何か用」
「ウチの若頭がお前に話があるそうだ」
「大人ってのは面倒だね。そうやってこそこそ裏で動くのが仕事みたいだ」
「あんまり舐めた口きいてると、痛い目を見るぞ」
「そう」

 飄々とした様子のアカギに黒服の男は軽く舌打ちをするが、ここで騒ぎを起こすのはマズいという事は分かっているようで、特に手を出す様子はない。
 それからとある喫茶店の名前と、その場所、大体の時間を告げる。

「明日だ、いいな」
「ちょっと待って」
「なんだ」
「行ってやってもいいけど、こっちも条件がある」
「あ?」
「欲しいものがあるんだ」
「てめぇ、自分の立場分かってんのか」
「別に、聞かないなら俺は明日そのまま勝負にだけ行く。それだけだ」
「・・・分かったよ。なんだ」
「拳銃」
「は?」
「拳銃だよ。アンタたちなら容易いだろ」
「お前、本気で言ってんのか」
「当たり前だろ。おたくらが振り回してる玩具が一つ欲しいってだけさ」
「てめぇ」
「用意してくれるなら、行くよ」
「・・・若頭に、話しておく」
「そう」

 挨拶も無しに男は踵を返し、車へと戻っていった。アカギは特に表情も変えずそれを見送り、車が動き出せばまたアパートへの道を歩き始めた。
 その日の夜に南郷に、川田組に呼び出されたことを話す。拳銃のことは伏せたままだが。

「なっ、なんだって?お前、それ、行くつもりなのか!」
「まぁね」
「やめとけっ、殺されたらどうすんだ!」
「そう簡単に殺さないでしょ。まさか負けるのビビって勝負の前に殺すなんて、知れたら良い恥だ」
「だがなアカギぃ」
「心配性だなアンタ」

 アカギはクックッと笑いながら、大して怯えもしていない表情をした。
 その後、二人は銭湯に行ったが南郷は始終不安がっているようで、時折アカギに断りを催促したが、アカギは気にもせず流すだけであった。
 布団に入ってからも南郷は眠れないようで、頻繁に寝返りを打っている。アカギはそのせいで抱きつけないためか、少しだけ眉を寄せた。

「南郷さん」
「・・・」
「南郷さん」
「ん?あ、あぁ、まだ眠ってないのか」
「アンタがゴロゴロするから」
「わ、悪い。明日のことが心配でな」
「ねぇ南郷さん」
「あ?」
「俺のこと好きかい?」
「・・・はぁ?」

 突然の問いに南郷は視線をアカギに向ける。
 ようやく落ち着いて南郷を抱き締めることが出来る体勢になったアカギは、そのまま静かに厚い胸板に腕を回して背を抱き締めた。筋肉質のせいでふくよかだが少し硬い南郷の胸に顔を埋め、もう一度繰り返す。

「アンタ、俺のこと好きかい?」
「・・・何言ってんだ。どうかしたのか」
「どうもしないさ」
「そうか」
「どうなの」
「あぁ、まぁ、好きだな。命の恩人だからな」
「まぁ?」
「なんだよ」
「白黒つけてよ」
「はぁ?」
「どっちなの」
「だから、好きだって」
「へぇ」
「それがどうしたんだよ」
「いや、俺も好きだからさ」
「え?」
「アンタのこと好きだよ、南郷さん」
「そ、そうか」
「あぁ」
「改めて言われると嬉しいもんだな」

 南郷は照れたように笑いながら、胸元の白い髪を撫でた。まるで子供をあやすような手付きだが、アカギにはどうでも良いことで、好きだという言葉だけで充分だった。
 両想いなら問題ないだろうと、簡潔な答えを導き出す。
 アカギの思う『両想い』が、南郷には思い付かない単語であっても。

「南郷さん、明日の勝負が終わったらさ」
「終わったら?」
「俺のもんになってよ」
「・・・はぁ?」
「俺勝つからさ」
「あ、アカギ?」
「何」

 ふと南郷を見上げる視線には、迷いも冗談も一切ない。

「ま、まずは生きて帰れるかどうかだぞ」
「生きて帰るさ」

 ニッと笑んだその顔は、途端に悪漢を思わずには居られない表情で、南郷は喉を鳴らす。

「あ、あのな、お前のもんにって、どういうことだ?」
「分からねぇかな」
「ここに住みたいってんなら、それは構わないぞ。今もそうじゃねぇか」
「そういうことじゃねぇよ」
「だよ、な。もしホントに勝てたらもっと良いとこにだって・・・」
「だから違うよ南郷さん」
「ん?」
「アンタが、俺のもんになるんだ」

 十三歳の口から出る言葉としてはそぐわない台詞であるせいか、南郷は一向に意味を解せないようで、疑問を表情に浮かべていた。

「今すぐでも良いんだが、アンタが明日起きれなくなったら安岡さんが困るらしいからね」
「なぁアカギ、あまり意味が分からないんだが」
「・・・頷けばいいんだよ、ただ頷けば」
「何にだ」
「明日、勝ったら俺のもんになるってことにさ」

 頷けば良いと少年は言うが、どうしても危険な感がしてならない南郷。
 今まで南郷がこれだけ初心で居られた方がおかしいのだが、それはこの本能からくる危険察知のおかげか。だがそれならあれほどに借金がふくれることもなかったろう。
 つまりは、危険察知が出来ても頷いてしまう男なのだ、この南郷という人間は。

「わ、分かった」
「そう」
「あぁ」
「良かった」
「・・・」
「おやすみ」

 アカギは再び顔を南郷の胸に埋めて目を閉じた。
 南郷は今度は明日への不安よりもついさっきの謎の会話の方が気になって、やはり暫し眠れないまま過ごすのだった。
 次の日、さすがに学校へ行かないことに対しては南郷は何も言わなかったが、昼に家を出ようとすればそれは止めた。行く先が分かっているからである。
 だがどうやら辞める気はないアカギに、南郷は思わず着いて行ってしまった。
 二人で路面電車に乗り、約束の場所へ向かう。
 アカギは聞いた通りの道を歩きながら、後ろで「今からでも遅くない」と言う南郷に「今更、拉致も監禁も怖かないでしょ」とのたまって黙らせた。
 『富士』という名の喫茶店に辿り付けば、不安気な南郷をその場に置いて店に入っていく。

ヤミガチカク

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