20


「お、おま、お前なぁ!」
「どうだった?」
「何がだよ!」
「今の、変じゃなかった」
「はぁ?」
「変なキスだったら女の子に笑われるじゃない」
「・・・」
「ねぇ、南郷さん」
「俺を代わりにするな!」
「え」

 南郷は途端に怒りの声を挙げて握り拳を震わせた。
 それから膝に乗っているアカギを強引に降ろさせ、顔を下に向ける。

「お前が誰と接吻しようと関係ないがな、俺をその代わりにするなって言ってんだ!」
「・・・それは、代わりじゃなきゃ良いってこと?」
「は?」

 南郷は思わず降ろしていた視線をアカギに戻す。

「今怒ってるのは無理にキスしたからじゃないんだ」
「え」
「女の代わりみたいに俺が言ったからか」
「ち、違っ、そういうことじゃなくてっ、いや、まぁそうなんだが、え、あ、ん?」

 怒りの沸点が一気に落ちていく南郷の表情の変化にアカギはクックッと笑いを零した。

「じゃぁいいじゃない」
「何が」
「俺はアンタを誰の代わりにもしてない」
「どういうことだ」
「アンタだからだよ、南郷さん。そう言ったじゃない、俺」
「・・・」

 思わず唖然と口を開けたまま、楽しそうに笑うアカギを南郷は見詰めた。
 アカギは片膝を立てて座り直し、その膝の上に肘を乗せ、視線を南郷に戻す。

「で?南郷さん」
「・・・え?」
「どうだった」
「何、が」
「だからさ」

 質問は分かっている。変じゃなかったか。
 南郷はググッと唇を噛みながら、耳まで真っ赤になっていった。

「へ、変じゃなかったよ!」
「上手かった?」
「う、上手かったよ!」
「気持ち良かった?」
「あぁ気持ち良かっ・・・違う違う違う!」
「あれ?違うの?」
「何なんだよ!ったく!」
「まだ分かんないのアンタ」
「はぁ?」
「俺は・・・」

 言いながらアカギの手が伸びた所で、不意に玄関の扉をノックする音が響いた。
 ピタリと手を止めたアカギは小さく舌打ちをする。
 南郷はと言えば音と同時に玄関を振り返り、アカギの舌打ちを聞く前に立ち上がっていた。
 二度目のノックに慌てて玄関に駆け寄る。

「ど、どちら様ですか」
『俺だよ、安岡だ』

 扉の向こうから聞こえてきたのは確かにあの刑事の声で、南郷は目を瞬いてから、とりあえず鍵を外して扉を開けた。

「どうしたんですか、突然」
「いや、悪いな。ほら、一応な、様子を見に」
「逃げませんよ」
「疑ってるわけじゃねぇよ」
「それなら」
「これ、土産だ」

 南郷の腕に押し付けられたのはどこかの菓子屋の包みで、酒のつまみじゃなさそうだと南郷は肩を竦める。

「夕飯はさすがに食ったろ。食後に甘いもん食いたいかと思ってな」

 南郷は思わず苦笑を零す。

「いや女子供じゃあるまいし」
「子供がいんだろ?一人」
「あぁ、そうか」

 玄関での遣り取りをしっかりと聞いていたアカギが奥から声をかけた。

「何がそうかなんだよ南郷さん」
「アカギ。ほら、食うだろ?あ、どうぞ」

 安岡を中に促しながら、南郷は台所で湯を沸かし始めた。

「あぁ、茶なら冷たい方が良い」

 靴を脱いでいた安岡が図々しくもそうのたまえば、そのまま中へと入っていく。
 あまり普段とは変わらないが恐らくは不機嫌であろうアカギを見れば、安岡はニッと笑った。

「よぅ、アカギ」
「何しに来たの」
「言ったろ。様子を見にさ」
「・・・」
「邪魔だったかい」
「まぁね」
「そりゃ来て良かった」
「どうして」
「明後日まで南郷さんが立てないとなると困るからなぁ」
「まさか。そこまでにはしないさ」
「ん?何しようとしてたんだぁ?」
「アンタまさか外で聞いてたんじゃないの」
「何をかなアカギくん」
「・・・何でもない」
「言っとくが、未成年といたすと大人の方が犯罪者になっちまうからな?どういう状況であろうとも」
「へぇ、そう」
「あぁそうとも」

 毛を逆立てるとまでは言わないものの、明らかに懐いていないアカギと、それが逆に楽しいのかいつもの人好きしない笑みを浮かべている安岡。
 そこにやってきた南郷は、だが一切それらには気付かず、ご丁寧に麦茶を出す始末。それから包みをガサガサと開けている。

「あ、ほら、アカギ、大福だぞ。良かったな」
「・・・別に」
「ん?これ地蔵屋のじゃないですか」
「あぁ、さっきまでちょっと巣鴨に居たんだ。土産に良いかと思ってな」
「塩大福好きなんですよ俺」
「そりゃ良かった」
「でもこの時間じゃ巣鴨なんて店閉まってたでしょう」
「何、知り合いが居るからな」
「へぇ。羨ましいですね」
「そうかい?まぁ売れ残りだがな。値引いてくれたもんだから」
「安く塩大福買えるなんて、やっぱり羨ましい」

 笑う南郷と安岡を尻目に、アカギは小さく「そんなの俺がいくらでも買ってあげるのに」と呟いたが、南郷は気付いていないようだった。
 それから南郷は包み紙を広げて置き、アカギに一つ差し出す。

「ほら」

 アカギは素直にそれを受け取って食べ始め、安岡と南郷も大福を食べつつ茶を飲んだ。
 伸びる餅を口の中に押し込みながら、女子供じゃあるまいしと言っていた本人は随分と嬉しそうだ。

「で、アカギ、調子はどうだ」
「別に」
「明後日は頼むぞ」
「言われるまでもねぇな」
「頼もしいね」

 アカギは大福を食いながら気のなさそうな会話をする。
 だが不意に何か思い立ったか、視線を安岡に向けた。

「なぁ安岡さん」
「あ?」
「アンタ、拳銃って持ってんの」
「携帯許可が出てるときはな」
「何それ」
「普段からは持ち歩いてねぇってことだ」
「そうなんだ」
「だから色々と武道を習わされるのさ」
「へぇ」

 物騒な話に眉を寄せていた南郷は、アカギの顔に手を伸ばした。
 それに気付いたアカギが眉を上げる。

「アカギ、それがどうかしたのか」

 そう問いながら伸ばされた南郷の手は、アカギの口端に付いていた餡子を目指していたようで、親指でそれをグイッと拭えば南郷は自分の口元へ持っていきペロリと舐める。
 極自然な仕草であった。
 アカギは目を瞬いてから止まる。安岡も、やはり固まっている。

「そんな物騒な話を・・・ん?どうかしたか?二人して」

 アカギはすぐに表情を戻して視線を反らした。

「別に」

 安岡はと言えば、ワザとらしく咳を零してから麦茶を飲み、引き攣り笑いを浮かべた。

「アンタに掛かればどこぞの化物まがいも形無しだな」
「はぁ?」
「いやいや」
「あぁ、そうだ安岡さん。アカギの対戦相手、決まってるんですか」
「それがな、川田組ほどの規模だと何人も代打ちってのは囲ってやがる。矢木もその一人だったわけだが、その矢木が敗れた以上、お抱え代打ちの中でもトップクラスを持ってくるだろう」
「えぇ」
「それが誰なのかは、俺にも分からん」
「そんな」
「仕方ねぇだろう。そう何度も大勝負ってもんがあるわけでもなし、知れてる話にも限界がある」
「はぁ」
「組だって大御所の情報をそう簡単に明かしてはいないだろうからな」
「です、よね」

 アカギは既に二つ目の大福を食べていて、口の中にそれを含みながら事も無げに会話に参戦した。

「誰が来ても同じだよ、南郷さん」
「アカギぃ・・・」

 情けない顔をする南郷の肩を安岡は笑いながらバシバシと叩いた。

「まぁとにかくだ、俺もリスク背負っちまった以上はアカギに頑張ってもらわんとな」

 それから小一時間、安岡の捕り物話だの、南郷の以前の仕事の話だの、どうでもいい会話をしてからようやく安岡は帰っていった。
 帰る間際に南郷と明後日の待ち合わせを決めて、アカギにはこっそりと「自重しろよ?」と冗談気に言っていく。
 再び二人きりになれば、安岡が来る直前の空気など当然あるわけもなく、南郷は茶や菓子包みを片付けていた。

「南郷さん」
「ん?まだ食うのか?大福」
「・・・いや、いい」

 南郷に至っては、先ほどアカギに半ば強引に唇を奪われたことなど完全に頭から消えている。

「そろそろ寝るか。明日はちゃんと学校行けよ」

 そういうところは覚えているのかと、アカギは小さく溜息を零した。
 ラジオを聞きながら一緒に歯を磨いて、着替えて、ラジオを消して布団に潜る。あんなことがあったにも関わらず、同じ布団。
 本気で襲ってやろうかと考える十三歳、アカギ。
 年齢と思考が噛み合わない十三歳、アカギ。
 なんとも男らしい十三歳、アカギ。

「おやすみ、アカギ」
「・・・おやすみ、南郷さん」

 だが柔らかい笑みでそう言われれば、素直に返して下心が薄らぐのであった。

アマリニシゼンデ

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