19
「お前、楽しいのか?」
「けっこうね」
「なら、いんだが」
いいのか、とアカギは心の中でこっそりと突っ込むが、何も言わずにおく。
そのままもう二口ほど『あーん』をしてもらえば、アカギは腹を満たしたようで、既に次の準備をして肉を摘んでいた南郷を止める。
「もう腹いっぱい、ごちそうさま」
「あぁ、そうか」
南郷は首を傾げながらその摘んだ肉を自分で食べた。
「なぁアカギ」
「何」
「今ので食うと、美味いのか」
「そうだね、俺は」
「ちょっとやってくれ」
「は?」
南郷は箸を置いてアカギの方を向くと、口を大きく開けた。
「・・・南郷さん?」
「早く」
催促すると南郷は、あー、と口をまた開けた。
天然は時に犯罪である。
アカギは先ほどとは逆の立場になると、ようやく箸を取って肉を摘み、南郷の口に運んだ。パクリとそれを食べた南郷は、ムグムグと口を動かしながら違いを確かめるように味わう。
「そんな、変わんないけどな」
「・・・」
「いや肉は美味いけど」
「だから、俺はって言ったじゃない」
「ちょっともっかい」
言うと南郷はまた口を開ける。
アカギの頭の中を『可愛い』という単語が三度ほど駆け抜けた。
それから、こんな大男が口を開けている姿のどこが可愛いのだろうかと考え直してみるが、二度目の『あーん』の肉を味わっている南郷を見ていれば、どうでも良い気がしてくる。
「美味い気が、してきたような、感じも、するな」
「そう?」
「あぁ」
「はい、もう一口」
「ん」
完全に暗示である。
だがそのまま促されるだけ南郷はアカギの箸にパクつき、皿が空になって終わった。
「ごちそうさま」
南郷が言いながら手を合わせる。
アカギは緩みそうな自分の頬を軽く摘んだ。
「何してんだお前」
「いや、ちょっと」
南郷が後片付けを始めれば、アカギはまた腹ばいになって窓の下を見る。猫たちは既に食事を終え、じゃれて遊んでいた。
暫くすれば片付けを終えた南郷が戻ってきて、二人分の麦茶を置き新聞を広げた。
アカギは身体を戻して南郷の横顔を見詰める。
「お、東京タワーもうすぐ完成だってよ」
「へぇ」
「最初は何作ってるんだかって思ったけどなぁ」
笑っている南郷から視線を外せば、立ち上がって窓を閉め、今度は南郷の傍に座った。
「ん?どうした」
それに気付いた南郷が新聞を降ろしてアカギの方を見る。
アカギはそのまま無言で顔を寄せ、まるでもう当然のように唇を重ねた。
「ん・・・おい」
南郷は腕で軽くアカギの肩を押して、新聞を置いた。
「お前なぁ、なんでそう何度も何度も」
予想よりも軽い反応にアカギは眉を上げ、それから今度は少し強引にキスをしてみた。
「んっ・・・こら!」
するとさすがに肩を捕まれ引き剥がされる。
「あのなぁ、こういうことは男同士でするもんじゃないんだぞ」
「・・・」
「興味ある年頃かもしれないけどな、ちゃんと女の子と・・・ってオイ、聞いてるのか!」
アカギは話している最中の南郷にまたキスをしようと寄っていて、慌てて南郷は掴んだままだった肩をまた引き離した。
「ったく」
「キスに興味あるからしてるんじゃない」
「だから俺じゃなくて」
「アンタとすることに興味があるんだ」
「は?」
「教えてよ」
「な、何を」
「接吻」
「ば、馬鹿言うな!」
思わずアカギの肩から手を離して、南郷はハァと溜息をついた。
「なんでお前にんなこと教えなきゃいけないんだ」
「南郷さん大人だし、俺より経験豊富だろ?」
「そりゃ、そうかもしれんが」
「だからさ」
「いやだからって」
「目は閉じた方がいい?閉じない方が好き?あぁでもアンタはすぐ閉じるね」
「なっ・・・」
「舌は入れたい?入れられたい?唇噛まれるの嫌いじゃないよね」
「お、おいアカギ!」
珍しく饒舌なアカギは、質問をしながらもやはりまたちょっとずつ顔が近付いてきていて、南郷は慌ててその額に手を当ててググッと押し返す。
「お、落ち着けよお前!」
「落ち着いてるけど」
確かにアカギの声も表情も至って冷静で、南郷はそれが逆に怖かったりもする。
「あー、あれだ、お前緊張して変になってんだな。勝負は明後日だし」
「ホントにそう思う?」
「・・・」
「いいから、ほら、目ぇ閉じなよ」
「いや、ほらって、なぁ」
「じゃぁいいや閉じなくて」
「へ?」
アカギは唐突に南郷の首に腕を回して顔を寄せた。
抱き締められるような形になって南郷は硬直するが、アカギは気にもせず唇を重ね、さらに腕に力をこめた。そのまま南郷の膝にまで乗り上げて座り込む。
「んっ・・・」
南郷は再びアカギを引き離そうとするが、さっきは軽い力で剥がれたのに今度はそうはいかなかった。
だがもちろん本気を出せば中学生の軽い身体など簡単に外せただろう。
ところが南郷がそれをする前に、アカギは舌を入れてきたのだ。
「っっ!」
南郷は思わず手が止まり、固まる。
アカギの舌が南郷の咥内をゆっくりと動き回った。
見た目の冷たさに反して舌は熱いのだと、南郷はどうでもいいことを考える。
だがハタッと我に返って再びアカギを剥がそうとした、が、またもやそれは敢行されなかった。
今度はアカギの舌が南郷の舌を捉えて絡め、吸い上げたのだ。
「んぐっ・・・」
驚いた南郷は、だが逆に抵抗の力を削がれていく。
何故か体に力が入らない。
あぁこれが腰から砕けるってやつか、などとまたどうでもいいことを考えてからハタッと我に返った。
「んっ!んんっ!」
今度こそアカギの肩を掴んで引き離せば咥内から舌がヌルリと抜けていき、唾液の糸が伸びて切れていった。
トケル,トケル